「会いたい」
漫画の恋人みたいな台詞を携帯越しに吐いた私に慎吾がいつもの声で少し笑ってどうしたと答えたのが多分十分ぐらい前。音のない公園で唯一キイと固い音を立てるブランコに座って彼を待つ、早く早くと急かす心臓は速い。ブランコだけだった私の世界にジャリッと砂を踏む音が響いた、視線をあげれば待ち望んだ恋人がいるだなんて本当に漫画の世界みたい。
「…家にいろって言ったじゃん」 「待ち遠しくなっちゃった」 「危ないだろ、夜中なんだから」 「ん、ごめんね。こんな時間に」 「そんなんいーの」
カワイー彼女のお願い聞いたげるの、慎吾さん優しいから。そうおどけたあとに頬に触れた指先はあたたかい熱をもっていて、ツンと鼻が少しいたくなる。 ワガママを言ったのは私なのに何も言葉が出てこない。この公園はブランコと小さな神社しかないしこんな時間に集まる酔っぱらいもいなくてひどく静かだ。 春を目前にしてる今の季節でもこの時間だもの、あったかくはないだろうに急いで出てきてくれたんだろう、上着も羽織らず無造作に巻かれたマフラーをぼんやり眺めてるとその口元が少し笑った。
「なまえ、」 「ん、」
音も立てずに触れた唇、間近で聞こえた息を吐いて笑う声に瞳の奥がツンと痛みを訴えた。死んじゃうわけでもないのに目を閉じたら走馬灯のように景色が流れて、そのほとんどが土を蹴ってユニフォームを汚して笑う慎吾が隣にいて。流れた涙は地面に落ちてその姿を消してしまうのに、とめどなく溢れてきて私の視界はぼんやりとしてしまった。
「なまえ、どーしたの」 「わ、かんな…っ」
嘘、理由がわからないわけじゃない、たまたま点けたテレビがいつだかに彼が好きだと言っていた番組で、ただそれだけだった。呆れられるのが怖くて言えなかった、たったそれだけでとため息をつかれることが怖かった。でも慎吾はきっとそんなことで怒ったりはしない、頭を撫でてしょうがねえなって笑ってくれるってこともちゃんとわかってた。 この人はなんでこんなに優しいんだろう、どうしてこんなにあったかいんだろう。 机に投げた卒業アルバムを眺めてぼんやりと思ったの、もう慎吾のそばにいられないのだろうか。東京に出ていく彼女のことなんかより同じ大学でいつでも会える子のほうがいいに決まってる、じゃあ私たちはもうさよならしなきゃいけないのかな。
「しんご、…っすきだよ」
涙と一緒にこぼれた言葉は私の本音を半分も慎吾に伝えてくれないかもしれない、でも本当のことを言ったら私は慎吾の手を離さなくちゃいけなくなってしまうかもしれない。そんなのきっと、耐えられない。
「っすき、」
壊れたように何度も繰り返す、離れたくないよ。 溢した涙を拭う手はもう湿っていて、不意に掴まれた腕はそのまま引き寄せられ胸の中に閉じ込められた。
「なまえ」
耳元で紡がれる名前にまた涙が流れる、しゃくりあげる私の顔は間違いなくかわいくない。 握ったシャツに皺が寄って申し訳ない、揺れるブランコが悲鳴をあげてる。 でもこの温もりを手放すことはできない。
「不安になんなよ」 「……慎吾、」 「遠距離ってのも悪くねーんじゃね?」 「……え」
ビンゴ?と耳元で慎吾が笑う、いつも通りの少し意地悪な、だけど優しい笑顔。 「どうして」と言おうとした言葉が彼の唇に飲み込まれる、触れた唇はあたたかく、そうして彼は目を細めて優しく笑った。
「お前の考えくらいお見通しだよ」 「だいたいなまえを一人にさせたらこうやって毎日泣くんだから、そんなの放っとけねーし」
ごし、と涙を拭う手が頬に触れる。瞼に唇が触れる。 やっと少し止まった涙をもう一度拭われて、ようやく慎吾の顔をまっすぐ見れた。
「会おうと思えばいつだって会えるだろ」
整った慎吾の顔がきれいに笑う。真似した私の笑顔はきれいじゃないかもしれない、だけどもう気にならなかった。 明日の夜には彼の好きなテレビ番組を見ながら電話する私たちがいるんだろう。
―――
一途な慎吾さんが書きたかった。あとリハビリも兼ねて。
11/04/02
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