私が電話やパソコンや書類の前でにらめっこしているように、彼もどこかで頑張ってるんだろう。見上げた夜空はきれいだったけど月が綺麗だよって言う勇気もないまま携帯をポケットにしまう、どこかでこの空を見てたらいいのになと思った。


「おかえり」
「…え、」

思わず落としそうになった家の鍵を確認するように握り直す。あれ、あれと何度も確認するけどここは私が一人暮らししてるマンションの前、うん間違いない。
にこりと笑う顔は多少懐かしいかもしれないけど忘れたりはしない。ほんの少しだけ髪が伸びただろうか、ぼんやりと考えながら伸ばした手が彼の頬に触れる、夢じゃない。

「…ほっぺ、つめたいよ勇人」
「そうかな」
「いつから待ってたの」
「んー、忘れた」
「風邪ひいたらどうするの、ばか」

ごめんねって眉を下げて笑う勇人に首を横に振る、同時に落とした私の手を視界の端に捉えた。違うのそんな顔してほしいわけじゃないんだよ、喉がつかえて出ない言葉を噛みしめていたら私がしたように彼の手が頬に触れる。その手はひんやりと冷たいのに不思議とあったかい、なんでだろう。下げた眉を今度は少し顰めてつめたい、と彼が呟く。その言葉に乗った息は、白い。

「なまえも冷たいじゃん」
「そんなこと、ない」
「…毎日こんな時間なの?」
「え?」
「仕事。毎日こんな遅いの?」

寄せた眉がさらに皺をつくる、高校生だったときにはあまりしなかった顔。心配するじゃんとひとり言のように言った勇人にうんと返事をした。ぽたり、勇人の手を濡らした涙に気付いて慌てて自分の目に触れる。ああもう泣くつもりなんてないのに。ぐしぐし目を擦るとその手が握られた、ぼやけた視界に映った瞳は真っ直ぐ私を見てて一言「目赤くなっちゃうよ」言ったかと思うと引き寄せられた体。人間って不思議だ、こんなに寒いところに長い時間いたはずの勇人も言葉にできないほどあったかいんだから。

「大学、忙しいんでしょ」
「どうだろ、レポートに追われてるけど。社会人に比べたらわかんない」
「疲れてるのに、余計疲れちゃう」
「いいの、俺が来たいから来たんだよ」

どうしてそんなに優しいのって涙が呟く、声にならない言葉はきっと勇人は気づいてない。
しょうがないんだろうなってどこかで思ってた。お互いがお互いを忘れて自分のことに精一杯になることも、付き合ってるのかどうか疑わしくなるほどの会わない期間も。私に勇人の忙しさや辛さがわからないように、勇人にもわからないことがあるんだよ。言い聞かせるように繰り返した言葉の隅っこで本当は願ってたの、会いたいよさびしいよって。
こんなこと思う私はきっとダメな子で、そんなわがままを言えば勇人は優しいから無理をしてでも来てくれるとわかってた。だから言わなかったの。
でもどうしてこの人は平然と私の悩みを超えてきちゃうんだろう。強引に私の手を引っ張ったりもせずに両手で包み込んでくれる、社会に出てる私よりもきっとずっと勇人は大人だ。
抱きしめられたまま肩に顔を埋めるとより近くなって、耳元で声が響いた。

「なまえ、誕生日おめでとう」
「、え?」
「自分の誕生日ぐらい忘れるなよー」

誕生日、口の中で反復した言葉にポケットの携帯を取り出す。暗闇にチカチカと点滅した日付は、ああ確かに。

「忘れてた…」
「まあお前らしいっちゃらしいけどね」
「だからわざわざ来たの?」
「それもあるけど、」

耳元だった声が離れる、見上げた表情は少し鼻が赤くなっていて、なのに大人に見えた。一瞬触れた唇に顔があつくなるなんてまだまだ私たち子どもだなあ。

「会いたかったから」

だから来ちゃったと笑った勇人は珍しく幼い子どもみたいな笑い方で、私も同じようにへにゃりと顔を崩れた。かわいい笑顔じゃないかもしれないけど家入ろっかと促す私に頷いてくれる、それでいいじゃないか。

「勇人、お腹減った?」
「うん」
「あったかいもの食べよっか」
「うん、そうだね」

なんてことはない、好きだよ会いたいと口にすればいいだけのことだったんだね。









―――

社会人の彼女と大学生の栄口。
さっちゃんの誕生日祝いってことで!おめでとう20歳!(^^)

11/1/22
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