命令に変える一瞬を見極め。







「アンタ、軍師の島左近か?」

「おや、これはこれは―――西海の鬼神殿ではありませんか」


にこり、と笑みを形作る。彼は一瞬、呆気にとられたような顔をして、それから、バツが悪そうに頭を掻いた。
はて、どうかしましたかねえ?


「あー…何か想像と違ったわ。石田の腹心っつーから、もっとおっかねえかと思った」

「まあ、その想像に関しては否定できませんが……」


自然に零れた苦笑い。確かにこの軍では、私は浮いた存在ですから。
立ち話も何ですし、と縁側に腰を落ち着ける。
日ノ本は依然荒れたまま。それでも、今の風は穏やかで。


「……アンタはよお、石田の執着を、そのままにすんのか?」


不意に零れた言葉。独り言のようで、それはしっかりこちらに向いていた。
一瞬過ぎったのは、あの金色。ああ、そういえば彼等は友人だったと聞きましたねえ。


「質問の意味が分かりかねます」

「嘘吐け、"あの"毛利や大谷に勝らずとも劣らぬアンタが、分からねえはずないだろ」


じっと見据えられる。ふむ、人を見る目は確かなようですね。
一瞥して、空を仰いだ。遠い。そして、憎らしい。


「それが三成さんの"望み"ですから。私はその為に、策を弄するのみ」

「……その望みの"裏"が、真実だとしても?」

「―――ええ、」


肯定した瞬間、掴まれる胸倉。ちょっと苦しいですねえ。
こちらを見据える隻眼は鋭く、"鬼"の形容に恥じぬモノで。
胸倉を掴む拳は、力の入れすぎで震えていた。


「主が道を踏み外しそうになったら止めるのが、従者ってもんじゃねえのかよ!」

「おや、従者でない貴方に説かれるとは。…ですが、それは一説に過ぎませんよ。そもそも、真っ向からそれを突き付けてどうするんです?」


ぐっ、と言葉に詰まる彼を、胸中で嘲笑う。
貴方は何も分かってない。従者という立場も、軍師という役職も、三成さんのことも、私のことも。


「私は最善を尽くしましょう。"三成さんにとっての"、最善を。貴方はそれを分からずともいいのです」


ゆっくりと、力の抜けていく拳。
漸く無くなった圧迫感に、衿を正した。……叫ぶような、呼ぶ声を捉える。


「呼ばれていますので失礼します。…では、」


一礼して、声のする方へ。そんなに呼ばずとも、聞こえていますよ。
へら、と笑ってみせれば、何時もの不機嫌顔は眉間のシワを増やした。


「すみません、三成さん。どうかされました?」

「鍛練に付き合え。―――それと、」


向けられた柄頭。刻まれた紋は、ある意味このお方らしい。
触れるもの全てを、それこそ自分さえも傷付ける眼は、とても儚く脆い。


「私を裏切るな」

「―――心得ておりますよ、」


とても不器用なお方ですから、真意はこちらが汲み取れば良い。
言われずとも、道など違えさせません。誰にも、それを気付かせぬままに。







命令に変える一瞬を見極め。
(余計な気を回さずとも)
(邪魔などさせません、)
(こちらへ向くようにと)
(左近は道化に成り果てますよ)



110624
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