願い事と現実の間にある壁。 「家康……ッ!殺してやる…!!」 ざり、と踏まれた砂が軋む。 うなされるように零れる言葉は、まるで呪詛のようで。 彼に全てを奪われてしまった三成さんは、彼への憎悪と殺意で、酷く脆いまま世界に存在している。 もし、もし望み通り三成さんが彼を殺したとしたら―――三成さんは今度、何に縋って生きるのだろう? 自分で考えて、無性に怖くなった。そう思ったら、今、彼に会わせるのは危険だと、思考が警鐘を鳴らす。 「三成さん、」 「何だ」 後ろから小さく呼べば、三成さんは立ち止まって振り返る。 瞳に湛えた憎悪の焔。ゆうらり、と靡いては、暗く燃えていた。 悟られないように、何時もの笑顔を浮かべる。 「彼は今居ないようですよ。無駄足になりますけど、引き返しません?」 「なに……?」 「三成さんが彼を殺したいのは分かりますよ。だからこそ、居ないというのに行くのは少々割に合わないと思うんですが……如何です?」 ちょっと小首を傾げてみる。らしくないのは分かってますけどねえ。 三成さんはじっとこちらを見据えたあと、小さく鼻を鳴らして、踵を返した。 「いいだろう。帰るぞ」 「御意に。…あぁそうだ三成さん、左近はちょっと別件がありますので、失礼してよろしいですか?」 「……勝手にしろ」 すいません、と小さく謝ってから、三成さんに背を向けた。素直なこのお方を騙すのは、少々気が引けますねえ。 それでも、今はまだ時期尚早すぎる。 三成さんの進んだ方を一度振り返ってから、踵を返した。 * 「お目通り感謝しますよ」 「ああ。久しぶりだな、左近」 敵だというのに笑顔を浮かべる彼に一礼。ああ、面倒ですねえ。 何も言わない私を見てか、彼が首を傾げた。 「左近、ワシに何か用か?」 「いいえ、たいしたことは。ただ、三成さんが余りにも貴方にご執心なので」 にこ、と笑ってみせた。笑っていないことぐらい、いくら貴方でも分かるでしょう。 彼はちょっと困ったような、悲しそうな顔をする。 それに構う義理など、ありませんが。 「三成さんは優し過ぎるんですよ。そして夢想家です。優しく現実的で、だからこそ残酷な貴方と違って」 「左近、ワシは―――」 「三成さんが貴方を殺せば、生きる理由が無くなる。だからといって、貴方が居れば憎悪は募るばかり。原因は貴方なのに、私は貴方を憎みきれない。逆を言えばどうでもいいんです」 つらつらと言葉を紡ぐほど、彼の表情は困惑と悲哀が濃くなっていく。 心は痛まない。貴方はそれを背負うと、そう言っていたんですから。 一度、目を伏せてから彼を見据える。 「これが貴方の掲げる"絆"だというのなら―――貴方はとても狡い人だ」 真意が伝わったかどうかは、別段気にするつもりも無い。 澱む空気と静寂に、小さく息を吐いた。微かに鳴った空気は、私のものではない。 「左近が三成の絆になればいい。従者として、友として」 言われた言葉に、思わず呆気に取られた。それから、込み上げる笑い。 彼は不思議そうにしていたが、それを無視して、ひとしきり笑う。 「前言を撤回しますよ。貴方もとんだ夢想家ですね」 「はは、そうか?左近もそうだとワシは思うが?」 笑顔を浮かべる彼を見据えたまま、にこりと笑みを作った。 それから、真意を包み隠して、言葉を紡ぐ。 「生憎、私は軍師ですから。机上の空論を振りかざす気はありません」 * 「三成さん、帰りましたよ」 「遅い」 帰ってすぐ、三成さんに顔を見せる。 機嫌を損ねた事に変わりは無いらしく、柄頭で思い切り叩かれた。 …痛いですね、瘤にならなければいいんですが。 「すいません、思った以上に手間取りまして」 「知るか。疲れているのならさっさと休め」 「じゃあ三成さんも休みましょう?三成さんが休まないなら、左近も仕事を続けます」 へらり、と笑うと、また柄頭で叩かれた。 さっきと違う場所なのは、気遣いととっていいんでしょうか。 三成さんの肩を掴んで、無理矢理座らせる。 射殺さんばかりに睨んでいたが―――小さく鼻を鳴らして、三成さんは目を閉じた。 その姿を見て、やれやれと溜息をつく。 「せめて、夢くらいは楽しくあってください」 小声でそう零して、私も柱に寄り掛かった。 願い事と現実の間にある壁。 (壊したい、壊せない、) (例え何を犠牲にしても) (貴方が壊れぬように、) (左近は自分さえも殺しますよ) 110530 |