願い事と現実の間にある壁。







「家康……ッ!殺してやる…!!」


ざり、と踏まれた砂が軋む。
うなされるように零れる言葉は、まるで呪詛のようで。
彼に全てを奪われてしまった三成さんは、彼への憎悪と殺意で、酷く脆いまま世界に存在している。

もし、もし望み通り三成さんが彼を殺したとしたら―――三成さんは今度、何に縋って生きるのだろう?
自分で考えて、無性に怖くなった。そう思ったら、今、彼に会わせるのは危険だと、思考が警鐘を鳴らす。


「三成さん、」

「何だ」


後ろから小さく呼べば、三成さんは立ち止まって振り返る。
瞳に湛えた憎悪の焔。ゆうらり、と靡いては、暗く燃えていた。
悟られないように、何時もの笑顔を浮かべる。


「彼は今居ないようですよ。無駄足になりますけど、引き返しません?」

「なに……?」

「三成さんが彼を殺したいのは分かりますよ。だからこそ、居ないというのに行くのは少々割に合わないと思うんですが……如何です?」


ちょっと小首を傾げてみる。らしくないのは分かってますけどねえ。
三成さんはじっとこちらを見据えたあと、小さく鼻を鳴らして、踵を返した。


「いいだろう。帰るぞ」

「御意に。…あぁそうだ三成さん、左近はちょっと別件がありますので、失礼してよろしいですか?」

「……勝手にしろ」


すいません、と小さく謝ってから、三成さんに背を向けた。素直なこのお方を騙すのは、少々気が引けますねえ。
それでも、今はまだ時期尚早すぎる。
三成さんの進んだ方を一度振り返ってから、踵を返した。









「お目通り感謝しますよ」

「ああ。久しぶりだな、左近」


敵だというのに笑顔を浮かべる彼に一礼。ああ、面倒ですねえ。
何も言わない私を見てか、彼が首を傾げた。


「左近、ワシに何か用か?」

「いいえ、たいしたことは。ただ、三成さんが余りにも貴方にご執心なので」


にこ、と笑ってみせた。笑っていないことぐらい、いくら貴方でも分かるでしょう。
彼はちょっと困ったような、悲しそうな顔をする。
それに構う義理など、ありませんが。


「三成さんは優し過ぎるんですよ。そして夢想家です。優しく現実的で、だからこそ残酷な貴方と違って」

「左近、ワシは―――」

「三成さんが貴方を殺せば、生きる理由が無くなる。だからといって、貴方が居れば憎悪は募るばかり。原因は貴方なのに、私は貴方を憎みきれない。逆を言えばどうでもいいんです」


つらつらと言葉を紡ぐほど、彼の表情は困惑と悲哀が濃くなっていく。
心は痛まない。貴方はそれを背負うと、そう言っていたんですから。
一度、目を伏せてから彼を見据える。









「これが貴方の掲げる"絆"だというのなら―――貴方はとても狡い人だ」









真意が伝わったかどうかは、別段気にするつもりも無い。
澱む空気と静寂に、小さく息を吐いた。微かに鳴った空気は、私のものではない。


「左近が三成の絆になればいい。従者として、友として」


言われた言葉に、思わず呆気に取られた。それから、込み上げる笑い。
彼は不思議そうにしていたが、それを無視して、ひとしきり笑う。


「前言を撤回しますよ。貴方もとんだ夢想家ですね」

「はは、そうか?左近もそうだとワシは思うが?」


笑顔を浮かべる彼を見据えたまま、にこりと笑みを作った。
それから、真意を包み隠して、言葉を紡ぐ。


「生憎、私は軍師ですから。机上の空論を振りかざす気はありません」









「三成さん、帰りましたよ」

「遅い」


帰ってすぐ、三成さんに顔を見せる。
機嫌を損ねた事に変わりは無いらしく、柄頭で思い切り叩かれた。
…痛いですね、瘤にならなければいいんですが。


「すいません、思った以上に手間取りまして」

「知るか。疲れているのならさっさと休め」

「じゃあ三成さんも休みましょう?三成さんが休まないなら、左近も仕事を続けます」


へらり、と笑うと、また柄頭で叩かれた。
さっきと違う場所なのは、気遣いととっていいんでしょうか。

三成さんの肩を掴んで、無理矢理座らせる。
射殺さんばかりに睨んでいたが―――小さく鼻を鳴らして、三成さんは目を閉じた。
その姿を見て、やれやれと溜息をつく。


「せめて、夢くらいは楽しくあってください」


小声でそう零して、私も柱に寄り掛かった。








願い事と現実の間にある壁。
(壊したい、壊せない、)
(例え何を犠牲にしても)
(貴方が壊れぬように、)
(左近は自分さえも殺しますよ)



110530
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