思えばあの時から誓った。






―――三成さんと出会ったのは、今はもう無いあの宿。

牢人となって根無し草となっていた私を、尋ねてきたのが三成さんだった。
人が休んでいるところに、いきなり襖を斬って乱入してくるものだから、怒りや呆然を通り越して笑ってしまったのをよく覚えている。


「貴様が島左近か」

「ええ、ご名答です。しかし、いきなり入ってきてその物言いとは、少々無躾ではありませんか?―――石田三成殿」


今思えば、大分というか、とんだ命知らずだ。まあ、生きているから良いんですけどねえ。
ズカズカと部屋に入って来ては、私に切っ先を突き付けた。


「私と共に来い。拒否するのならば斬滅する」

「これはこれは…随分と強引なお誘いですねえ。理由を聞いても?」


にこ、と笑う私を見てか、何なのか、不意に刀が離れていく。おや、幸運ですねえ。
納刀の鍔鳴りのあと、暫く沈黙して、それから、不意に呼吸の音が響いた。


「……貴様の軍略は、半兵衛様に勝らずとも劣ら無いと聞いた」

「買い被りすぎですよ。ただ、理論的にできると云うだけの話です」

「だが秀吉様も半兵衛様も貴様を高く評価しておられる」


予想外の言葉にキョトンとした。今出た名前は、最も天下に近いと云われる軍の主のはず。
ああ、何か失敗しましたかねえ…情報が漏れないように注意していたのですが。
意識を思考から現実に戻して、前を見据える。


「だから私に仕官しろ、と?少し短絡的な気がしますねえ」

「力の在るものは全て秀吉様のもの。貴様とてそうだ。何度も言わせるな、私と共に来い」


まるで崇拝しているような、深い心酔の言葉は酷く似合っていて。
それなのに、この方の眼に濁りは無い。寧ろ清らかすぎて、壊れてしまいそうなほど儚い。
上がる口端をそのままに、彼の方へ顔を向ける。


「お断りします」

「……なに…?」


私を睨む眼が、狂気を帯びたような、鋭いものへ変わる。
それなのに恐怖は無い。会って間もないのに、彼らしいとまで思った。
表情は崩さず、そのまま口を開く。


「よく知らない方に仕えるというのは、どうも気が進みません」

「貴様ァッ!秀吉様を愚弄するなど、万死に値するッ!!」


愚弄したつもりは無いんですけど…ふうむ、どうしたものか。
抜かれ、首筋に当てられた刃が微かに食い込む。


「勘違いしないで欲しいんですがねえ…」

「勘違いもなにも無い。貴様は今、秀吉様を愚弄した!」

「だからですね、それが勘違いなんですよ」


苦笑いで弁明すると、首に食い込みかけていた刀の力が弱まった。危ない危ない、首が飛ぶかと思いましたよ。
今だ射殺せそうな眼で私を見る彼を、真っ直ぐ見据える。


「"よく知らない方に"、と言ったんです。―――ですから」


一度言葉を区切って、表情を引き締める。
一度平伏して、それから、顔を上げた。


「私としては貴方に仕えたいのです。石田三成殿」

「…………」


答えは、沈黙。表情こそ変わっていないが、先程より少し目を見開いている。
それをいいことに、言葉を連ねた。


「秀吉公を敬愛し、真っ直ぐ進み行く、貴方の下で。貴方が秀吉公の為に武器を振るうなら、そんな貴方の為に軍略を用いましょう。……如何です?」


そこまで言って、また、沈黙。
少しして、不意に彼は立ち上がる。やはりダメですかねえ。
私に背を向けて、斬った襖を踏み付けながら歩く姿が、ぴたり、と止まる。
そして少しだけ、振り返った。


「……何をしている。早く来い、左近」

「――――――御意に」


小さく笑ってその背を追い掛ける。
私も同じように、斬られた襖を踏み付けて。









「左近!何をしている!!」


三成さんに呼ばれてはっとした。
物思いに耽って、殆ど意識を飛ばしていたらしい、大分三成さんとの距離が広がっている。


「すいません、三成さん」

「疲れているのなら休め。そうでないのなら動け」

「はは、そうですね。でしたら、策でも弄しましょうか」


笑うと、三成さんはまた直ぐに歩きだす。
その背を追い掛けながら、頭の中で戦場を描いた。
さて、どうしましょうかねえ。







思えばあの時から誓った。
(眩しい程の儚く脆い銀色が)
(血に塗れ鈍色にならぬよう)
(どんな汚れも落とせるよう)
(左近は何だってしますよ)



110518
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