心の傷から涙が零れてる。 「ははっ、……ははははははははは!!」 終わった戦場に、三成さんの笑い声が響く。虚空は何処までも高くて、なのに響いていた。 その足元には、血に塗れた黄金色。瞼は重く閉じられて、もう開く事はないだろう。 ……終わった。終わって、しまった。 「お疲れ様です、三成さん」 「左近か」 何時ものように、へらり、笑ってみせる。 私に向けられる三成さんの眼は変わっていない。だが、どう見ても、それは不安定に揺れていた。 ……さて、どうしたものでしょうか。 「……何だその顔は」 「変な顔してました?」 「何時も以上にな」 変な顔―――というよりは、何とも言い難い微妙な顔をしていたのだろう。三成さんは言葉が素直過ぎるから。 それにしても、何時も以上とは酷くありませんかね? 取り敢えずは苦笑いではぐらかしておく。……少しでも、気付かせるのを遅くしなければ。 「三成さん」 「何だ」 「何時までも此処に居るわけにはいきません。戻りましょう?」 そう言っても、三成さんは動こうとしない。じい、と、もう動かない黄金を見据えるだけで。 ……分かっていたはずだった。私なんかに、止めることは出来ないと。このお方は、純粋故に鈍感で、だからこそ聡いから。 気付いてしまったのだろう。気付かなければ、このお方は、これ以上傷付かずに済んだというのに。 「おい、起きろ家康」 「三成さん、」 「何時まで狸寝入りをするつもりだ。起きろ、豊臣の再興を手伝え」 「三成さん!!」 虚ろな眼で、もう動かない肢体を掴んでは揺らす姿に、声を荒げた。 三成さんは優し過ぎる上に夢想家だと、貴方は分かっていたはずだ。なのに、この結末を選んだ。 貴方は、優しく現実的で、だからこそ残酷だ。 「三成さん、」 動かぬ肢体から手を放させる。酷く従順で、それは逆に警鐘だった。 三成さんは貴方を殺して、生きる理由を失った。募る憎悪に身を焼かれなくなった代わりに、空虚に苛まされる。 徳川殿、これが貴方の掲げる"絆"だというなら―――やはり、貴方はとても狡い人だ。 三成さんを立たせて、またへらりと笑う。 曇天だった空は、段々と明るくなっていた。ああ、憎らしい。 「三成さん、彼は豊臣公の所へ赦しを乞いに行ったんですよ」 「秀吉様へ……?」 ぼんやりとした曖昧な返事に、はい、と肯定を。 子供だましでいい。このお方が傷付かぬためなら、どんな嘘も吐こう。私は道化になろう。 たとえそれが、私の決意を壊すことになろうとも。 「三成さんが赦しを乞うのは、まだです。順番ですから。……さあ、行きましょう。その時が来るまで、左近は共に居ますよ」 「……そうだな」 ゆうらり、と三成さんは歩き出す。 私は彼の肢体を一瞥した。私は貴方が嫌いです。貴方も、豊臣公も。三成さんを縛りつづけて、苦しめる。 小さくなった背中を、慌てて追い掛けた。 漸く追い付いたとき、左近、と、三成さんが私を呼ぶ。 「はい、なんでしょう?」 「……貴様は、夢想をどう思う」 静かな、酷く響いた声だった。 突拍子もない質問に少しほうけてから、何時もの笑みを浮かべる。 そして、私は虚構を作るのだ。 「生憎、私は軍師ですから。机上の空論を振りかざす気はありません」 心の傷から涙が零れてる。 (私が吐いた最初で最後の) (―――最も残酷な、嘘を) (どうか、赦さぬようにと) (左近はずっと、貴方の下で、) 111108 |