恐怖に満ちた瞳の持ち主。 「左近ッ!!」 切羽詰まった三成さんの声は、確かに届いていた。 返事をしなければならないのに。大丈夫ですよと、笑って言うべきなのに、私の身体は動かない。 見下ろす表情は、とても悲痛で、苦しそうで。 私のために、そんな顔をする必要など何処にも無いというのに。 ―――三成さん。 声を出した、つもりだった。 それは音に成り切らず、微かに息が漏れただけで。 容赦無く迫り来る闇に、抗う術を失った。 * ……しん、と沈黙が帳を降ろしている。 視界に映った天井は見慣れたモノで、正直、それに安堵した。 ゆっくり身体を起こすと、ビキリ、と嫌な音が響く。ああ、結構派手にやったんですね、これ。 辺りを見回して、漸く自室だと理解。小さく息を吐いて、肩の力を抜いた。 「やらかしましたねえ……」 文字通りの独り言。響かず、空間に飲み込まれて。置かれた私の武器は、綺麗にされて輝いている。 三成さんに、あんな顔をさせるつもりは無かったのに。させてしまった事実は、どうやったって消える事はない。 さて、どうしたものか―――そう思案していると、無遠慮に障子が開いた。 光を反射して、きらきらと輝く、銀色。 「おはようございます、三成さん。顔色が良くないですけど、ちゃんと休んでます?」 へら、と笑ってみる。大丈夫、何時も通りの筈だから。 けど三成さんは眉間のシワを更に増やして、大股で私の元へ来る。 それから―――がっ、と音が立つほど強く、胸倉を掴まれた。 「三成さ、」 「貴様は私を裏切らないと言った」 何時もより低い声。戦場でさえも聞かない、戸惑いと疑惑と、悲哀が混ざった"らしく"ない声で。 胸倉を掴む手は力の入れすぎで白く、そして震えていた。 手を添えたいのに、身体は動いてくれない。 「私を置いて死ぬ気だったのか」 少しだけ震えた声も、不安定に揺れる眼も、強張った表情も。それをさせているのは私で、私のためにそこまで苦しんでいる。 じっ、と睨むように見据える眼から視線が逸らせない。 「…………いいえ、」 たっぷりの間を空けて、何時ものように否定。それから、表情を引き締めた。 胸倉を掴む手をそっと引きはがすと、それは呆気なく離れる。 「この左近は、最期まで三成様と共に」 平伏するように頭を下げて、言葉を紡いだ。 その言葉にだけは、なんの虚飾もなく純粋に。裏も策も関係ない、ただ貴方にだけ向けて。 「……らしくない言葉遣いをするな」 「はは、そうですね。すみません」 今度は不機嫌そうな声で安心した。胸中でそう呟きつつ、顔を上げる。 三成さんはすっかり何時もの調子に戻っていて、良かったと安堵、それから―――自嘲。 恐怖に満ちた瞳の持ち主。 (貴方が必要と言うならば) (何処までも参りましょう) (地獄からでも貴方の元へ) (左近はずっと、傍に居ますよ) 110920 |