恐怖に満ちた瞳の持ち主。







「左近ッ!!」


切羽詰まった三成さんの声は、確かに届いていた。
返事をしなければならないのに。大丈夫ですよと、笑って言うべきなのに、私の身体は動かない。
見下ろす表情は、とても悲痛で、苦しそうで。
私のために、そんな顔をする必要など何処にも無いというのに。

―――三成さん。

声を出した、つもりだった。
それは音に成り切らず、微かに息が漏れただけで。
容赦無く迫り来る闇に、抗う術を失った。









……しん、と沈黙が帳を降ろしている。
視界に映った天井は見慣れたモノで、正直、それに安堵した。
ゆっくり身体を起こすと、ビキリ、と嫌な音が響く。ああ、結構派手にやったんですね、これ。
辺りを見回して、漸く自室だと理解。小さく息を吐いて、肩の力を抜いた。


「やらかしましたねえ……」


文字通りの独り言。響かず、空間に飲み込まれて。置かれた私の武器は、綺麗にされて輝いている。
三成さんに、あんな顔をさせるつもりは無かったのに。させてしまった事実は、どうやったって消える事はない。
さて、どうしたものか―――そう思案していると、無遠慮に障子が開いた。
光を反射して、きらきらと輝く、銀色。


「おはようございます、三成さん。顔色が良くないですけど、ちゃんと休んでます?」


へら、と笑ってみる。大丈夫、何時も通りの筈だから。
けど三成さんは眉間のシワを更に増やして、大股で私の元へ来る。
それから―――がっ、と音が立つほど強く、胸倉を掴まれた。


「三成さ、」

「貴様は私を裏切らないと言った」


何時もより低い声。戦場でさえも聞かない、戸惑いと疑惑と、悲哀が混ざった"らしく"ない声で。
胸倉を掴む手は力の入れすぎで白く、そして震えていた。
手を添えたいのに、身体は動いてくれない。


「私を置いて死ぬ気だったのか」


少しだけ震えた声も、不安定に揺れる眼も、強張った表情も。それをさせているのは私で、私のためにそこまで苦しんでいる。
じっ、と睨むように見据える眼から視線が逸らせない。


「…………いいえ、」


たっぷりの間を空けて、何時ものように否定。それから、表情を引き締めた。
胸倉を掴む手をそっと引きはがすと、それは呆気なく離れる。


「この左近は、最期まで三成様と共に」


平伏するように頭を下げて、言葉を紡いだ。
その言葉にだけは、なんの虚飾もなく純粋に。裏も策も関係ない、ただ貴方にだけ向けて。


「……らしくない言葉遣いをするな」

「はは、そうですね。すみません」


今度は不機嫌そうな声で安心した。胸中でそう呟きつつ、顔を上げる。
三成さんはすっかり何時もの調子に戻っていて、良かったと安堵、それから―――自嘲。









恐怖に満ちた瞳の持ち主。
(貴方が必要と言うならば)
(何処までも参りましょう)
(地獄からでも貴方の元へ)
(左近はずっと、傍に居ますよ)



110920
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