感情だけで突っ走る癖。







「殺してやる!!殺してやるぞッ!!」


咆哮、それから、発動される恐惶。目指す先は相手の本陣、総大将―――徳川家康。
追い付ける筈の無いその背を、ただただ必死に追い掛ける。頭脳派の私には、少々堪えますねえ。
それでも、一人で駆けさせるわけにはいかない、と。


「よお、…島左近、つったか?」

「これはこれは、独眼竜殿ではありませんか」


立ち塞がった蒼。こちらを見据える隻眼は、敵意と苛立ちでギラギラと血走っている。
厄介なのに捕まった、と内心思いつつ、へらり、笑ってみせた。


「通して貰えません?後で三成さんに大目玉くらうのは私なんですよ」

「Han! 俺の知った事じゃねえな」

「でしょうねえ」


軽く声を上げて、苦笑い。
三成さんの駆けていった方向を一瞥、もう影さえも残っていない。ああ、これはお叱り決定か。
その瞬間生まれた風斬り音に、数歩飛びのいた。地面に足がついて直ぐ、身体を捻って方向転換。
先程まで居た場所には独眼竜の姿。参りましたねえ、これは本気のようです。


「やれやれ…無駄な体力は使いたく無いんですが」

「ならテメェがさっさと倒されりゃあ良い話だ」


構えられた六爪がぎらぎらと輝きながら、蒼い火花を散らす。同時に、彼の身体からも、ぱしり、爆ぜる音。
武器を構えた。……此処まできたら、もう腹を括るしかない。
ひゅう、と、戦場に似つかわしくない、笛に似た音が響いた。


「良い眼をするじゃねえか。アンタ、軍師にしておくには勿体ねえな」

「どうとでも。貴方に言われても本気にはしませんから」

「ククッ…上等だ!!」


耳に痛い金属音が反響する。刃はお互いの力で軋んで、がちがちと震えていた。
笑みは絶やさない。力で勝てるとは微塵も思わないが、呑まれたら負ける―――そうすれば、三成さんに迷惑がかかってしまう。

競り合いを避けて、距離を取った。さて、どうしましょうか。
きし、と微かに軋んだ刃。その後に、微かな異音を捉えた。……調度良い、これで上手く逃げるとしましょう。
ゆっくり刀を構えて、彼へと向かう。


「漸くやる気になったか?」

「全く。無駄な体力を使いたくないと言ったのをお忘れですか?……それに、」


片手の三爪を振り上げた彼から逃げるように、後ろへ下がる。
受け止めることもせず、攻撃もせず、ただ避けるだけ。多少なりと掠ってはいるが、それくらいなら問題はない。
かなり踏み込んできた追撃を、後ろでは無く、横に跳ぶことで避けた。
瞬間、…耳元で唸る風斬りの音。それから、金属音。


「私が相手をしなければならない理由などありませんから」


独眼竜の表情が歪む。
六爪と交わって悲鳴を上げているのは、居合の長刀。風に流れるのは、無垢な銀糸で。


「島、左近!テメェ……ッ!!」

「何をそんなに怒るんです?生憎、私は効率性重視なので」


にこ、と笑みを貼り付けてやる。血走った眼は私を映していたが、六爪を弾かれて、漸く視線をずらした。
自分と対峙している、三成さんに。


「貴様の様な男が、私の手を煩わせるなッ!!」

「Han,テメェが勝手に割り込んだんだろ、石田三成!小田原での落し前、此処でキッチリ付けさせてもらうぜ!」

「やれやれ、こうしちゃ居られないんですが……仕方ないですねえ」


三成さん。と小さく呼ぶと、少し表情を歪ませてから、渾身の力で刀を振り抜いた。相変わらず、あの細い腕でよくあんな力が出ると思う。
地面に転がる独眼竜を後目に、三成さんとその場から駆けていく。
奥には竜の右目が居た。あの怪我なら、彼は主を止めるだろう。
その読みは当たったらしい、あの蒼が追ってくることはない。


「すみません三成さん、お手数を」


走りながらもへら、と笑ってみる。
三成さんはといえば、ふん、と鼻で一蹴。それから足を止めて、こちらを振り返った。


「くだらない事を言うな」

「―――はは、そうですねえ」








感情だけで突っ走る癖。
(貴方がそれを隠すなら)
(誰にも気付かせまいと)
(勿論、貴方自身さえも)
(左近はずっと気付かないでいますよ)



110906
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