恋を恋と口には出せぬ時代に生まれ。







「んむ、美味しい!」

「そうかい?沢山あるからゆっくり食べなね」

「重虎ありがとー」


どういたしまして、と薄く微笑む重虎はお茶にすら手を付けない。
まあそれをボクが指摘する必要はないんだけどね。
もきゅもきゅと餅を頬張っていると、遠慮無く開かれた扉。
見慣れた影に、餅を噛みながら手を振った。


「やっふぉー。おひゃまひてるー」

「わかっている。兎束、よく来た」

「秀吉、君の寛大な所は素晴らしいけどさ……兎束、口に入れたまま喋らない。行儀が悪いだろう?」

「んむ?……んー、そっか。ごめんね日吉」


構わん、と呟くように言ってから、日吉はボクの前に座る。
そのまま、その大きな手でボクの頭を撫でた。
ボクの手何個分なんだろう?


「それでさあ、ボクに話って?吉法の機嫌悪いし、なるべく早く帰りなさいって言われたー」

「……参考までに聞くけど、誰にだい?」

「帰蝶と桃丸と蘭と市姫と猿夜叉ー。犬千代とまつ姫には帰りに加賀においでって言われたー」

「そう…」


頭を抱える重虎に首を傾げてると、日吉が気にするな、とボクを自分の膝の上に乗せた。
おお、おっきい!吉法の玉座と良い勝負だ!
不意に、ボクの頭を撫でていた手が止まった。見上げるように振り返る、日吉の表情は暗い。


「…兎束に大切なものがあるとしよう」

「んむ?…うん、で?」


少し沈んだような声色には気付かないフリをして、先を促す。
首が痛くなったから顔は元に戻して、餅に手を伸ばした。
重虎が何か言いたそうだったけど、流石に何も言ってこない。


「それは己の弱みにもなりえる。ならば、兎束はどうする?」

「…………難しーねえ」


噛んでた餅を飲み込んで、呟くようにそう返した。
"大切なモノ"。
ボクにその概念はよくわからないけど、ちょっと想像してみる。
……やっぱりボクには、わからないかもしれない。でも。


「抱え込む、かなー…」

「抱え込む?」


ボクの言葉を繰り返したのは、日吉じゃなくて重虎だった。
うん、と頷いてから、更に言葉を重ねる。


「放したくないかなって。それにさあ、最期はちゃんと焼き付けたいものじゃないかなあって」

「……そうか」


考えるように反応した日吉を、少しだけ振り返る。
表情はよく見えないけど、さっきまでの顔よりはいいかなあ。
重虎が、そこでボクの名を呼んだ。


「兎束は憶測で話していないかい?」

「んむ?うん、そりゃあねー。ボクにはわからないからさ。ボクは"武器"。争いのための、人殺しの道具。破壊だけしか出来ないんだよ」


それでいいし、それしかないからね。
そう笑って見せると、重虎の目が鋭くなった。
ありゃ、怒らせたかな?佐吉といい竹千代といい重虎といい、優しすぎやしないかなあ。
未だにボクを乗せたままの日吉を、今度はしっかり振り返る。
ボクの言葉には是非を答えず撫でるもんだから、それに甘んじることにした。






恋を恋と口には出せぬ時代に生まれ。
(そうじゃなきゃボクは要らない訳だけど)



110203
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