髪結い人の口付け。 「兎束は髪が綺麗ね」 「ありがとー。帰蝶だって綺麗だよ?」 言うようになったのね、と笑う帰蝶は本当にきれい。 ボクの長い髪を梳く手が優しくて気持ち良くて、目を細めた。 逆から怖ず怖ずと伸ばされた手が、ふありと毛先に触れる。 「本当、綺麗ね……」 「市姫だって綺麗だもん。…そーだ、ねえ帰蝶、市姫をもっと綺麗にして、猿夜叉を驚かそ?」 にんまりと笑って見せると、市姫は少し首を傾げる。 可愛いなあ、猿夜叉はもーっと見てあげて、優しくすべきだと思うよ。 帰蝶は両の手を合わせて、大人びた笑顔を浮かべた。 「長政を…それはいいわね!」 「姉様…?兎束…?」 不安そうな市姫にだいじょーぶだよ、と声をかけてから真っすぐな黒髪を梳く。 流れるように落ちていく髪は人間特有のモノ。 ボクは持ち合わせる事ができないから、余計に綺麗に見える。 「私は化粧をするわ。兎束、髪はお願いしていいかしら?」 「んむ、了解ー。市姫、簪の飾り何がいい?」 にかっ、と笑って問い掛けると、市姫は少し考え込んで、僕の後ろを指差した。 一輪挿しに咲き誇る、大きな白百合。 ああ、確かに!市姫にはよく似合いそう! 「白百合がいいの?」 「うん…長政様が、市にくれた花、だから……」 「そっか!んむ、了解!」 ちょっと待っててねー、と一言声をかけて、箱の中を漁る。 ちょうど手に引っ掛かったのは、百合が素朴にあしらわれた簪で。 髪を梳いて手にとり、曲がらないように簪を挿した。 「出来た!帰蝶、そっちはー?」 「ええ、出来たわ。市、ご覧なさい?」 市姫が怖ず怖ずと、渡された手鏡を覗き込む。 何時もの憂い気な表情が少し綻んで、ボクと帰蝶も、つられて微笑んだ。 それから、わざと残した一束の髪に、そっと唇を落とす。 髪結い人の口付け。 (やっぱり猿夜叉には勿体ないなあ) 110117 |