和が持つ、その唯一に心惹かれ。 ひゅう、と風がすり抜ける。 日ノ本らしい、とは言い難い雰囲気を醸し出す天守閣にいるのは、ボクと吉法だけ。 吉法はただじっと、遠くを見据えるようにしてボクに背を向けたまま。 ボクはその後ろの玉座に座って、地面に届かない足を弄ぶ。 「ねえ吉法、退屈ー」 「……黙れぇい」 「んむ、意地悪だなあ」 ちょーっとくらい話してくれれば良いのにさあ。 まあ、そんな雰囲気じゃないのもわかるけどね。 目を閉じて、外の音を聞く。 金属音と、爆発音。それから、阿鼻叫喚。 ボクが聞き続けた、馴染みのある音。それが大きな波になって、ぐいぐいと押し寄せて来る。 何時かは、なんて悠長に思ってたけど、んむ、これは予想以上に早かったなあ。 「吉法、どうするのー?」 「地獄へ堕とす他に道は無し……今更よ」 「んむ、そうだと思った」 それでこそ吉法だもんねー。 何かを掴むように動いた右手を見て、その横に佇む。それから、直ぐに姿を変えた。 "ボク"は振られて、やすやすと空気を切り裂く。 「我は第六天魔王……織田信長ぞ」 静かで低い、威圧的な、誰にも向けられてない名乗りを聞いて、視界を閉じた。 * ―――轟音と業火の中、放り出された事がわかった。 ひっそりと視界を開ける。見える姿は蒼と、紅。 その二人も満身創痍で、互いに肩を支えながら天守閣の屋根に立ち尽くす。 瞬間、空気を割らんばかりの雄叫びが、そこ全体に響いた。 『相手方の勝鬨かー……負けたんだね、吉法』 吉法にも、あの二人にも届かないボクの呟き。勿論分かってて、そう言ったんだけど。 それから、二人は遠ざかる。それを見送って、お互いに分からなくなってから姿を変えた。 所々血に汚れて、破けたりしてる着物。あーあ、これ何とかしなきゃダメじゃないか。 まだ微かに息のある、もう長くない吉法の横に座った。 「吉法、負けちゃったねー。ど?気分は」 「……フン…是非も、無し…」 それだけ言い捨てて、一度、喉が鳴って―――吉法は全ての動きを止めた。 誰もいない。 吉法も、帰蝶も、桃丸も、蘭も、猿夜叉も、市姫も、犬千代も、まつ姫も、日吉も、重虎も、佐吉も、竹千代も。 ボクがただ一人天守閣に佇んで、空を仰ぐ。 真っ赤な望月。不吉の象徴とはよく言ったもんだよねー。 「まあ、ボクには関係ないけどさー」 だって、ボク自身が"災厄"を呼ぶんだから。 "魔王"のモノだった玉座に座って、屍を指差した。 邪魔なモノは、片付けなきゃね。 「バイバイ、第六天魔王。キミはとても強かったよ」 すう、と指を一振り。 闇が屍を覆って、音も、跡形もなく飲み込んだ。 手を戻して、地面につかない足を弄ぶ。 「さーてと……これからどうしようかなあ?」 和が持つ、その唯一に心惹かれ。 (安土の天守閣に) (魔王と恐れられた男のモノは一切無く) (壊れかけた壁に) (裂かれた軍旗が張り付けにされていた) (まるで発条が切れたように) (何もかも微動だにしないまま) 110407 |