和が持つ、その唯一に心惹かれ。








ひゅう、と風がすり抜ける。
日ノ本らしい、とは言い難い雰囲気を醸し出す天守閣にいるのは、ボクと吉法だけ。
吉法はただじっと、遠くを見据えるようにしてボクに背を向けたまま。
ボクはその後ろの玉座に座って、地面に届かない足を弄ぶ。


「ねえ吉法、退屈ー」

「……黙れぇい」

「んむ、意地悪だなあ」


ちょーっとくらい話してくれれば良いのにさあ。
まあ、そんな雰囲気じゃないのもわかるけどね。

目を閉じて、外の音を聞く。
金属音と、爆発音。それから、阿鼻叫喚。
ボクが聞き続けた、馴染みのある音。それが大きな波になって、ぐいぐいと押し寄せて来る。
何時かは、なんて悠長に思ってたけど、んむ、これは予想以上に早かったなあ。


「吉法、どうするのー?」

「地獄へ堕とす他に道は無し……今更よ」

「んむ、そうだと思った」


それでこそ吉法だもんねー。
何かを掴むように動いた右手を見て、その横に佇む。それから、直ぐに姿を変えた。
"ボク"は振られて、やすやすと空気を切り裂く。


「我は第六天魔王……織田信長ぞ」


静かで低い、威圧的な、誰にも向けられてない名乗りを聞いて、視界を閉じた。









―――轟音と業火の中、放り出された事がわかった。
ひっそりと視界を開ける。見える姿は蒼と、紅。
その二人も満身創痍で、互いに肩を支えながら天守閣の屋根に立ち尽くす。
瞬間、空気を割らんばかりの雄叫びが、そこ全体に響いた。


『相手方の勝鬨かー……負けたんだね、吉法』


吉法にも、あの二人にも届かないボクの呟き。勿論分かってて、そう言ったんだけど。
それから、二人は遠ざかる。それを見送って、お互いに分からなくなってから姿を変えた。
所々血に汚れて、破けたりしてる着物。あーあ、これ何とかしなきゃダメじゃないか。
まだ微かに息のある、もう長くない吉法の横に座った。


「吉法、負けちゃったねー。ど?気分は」

「……フン…是非も、無し…」


それだけ言い捨てて、一度、喉が鳴って―――吉法は全ての動きを止めた。

誰もいない。
吉法も、帰蝶も、桃丸も、蘭も、猿夜叉も、市姫も、犬千代も、まつ姫も、日吉も、重虎も、佐吉も、竹千代も。
ボクがただ一人天守閣に佇んで、空を仰ぐ。
真っ赤な望月。不吉の象徴とはよく言ったもんだよねー。


「まあ、ボクには関係ないけどさー」


だって、ボク自身が"災厄"を呼ぶんだから。
"魔王"のモノだった玉座に座って、屍を指差した。
邪魔なモノは、片付けなきゃね。


「バイバイ、第六天魔王。キミはとても強かったよ」


すう、と指を一振り。
闇が屍を覆って、音も、跡形もなく飲み込んだ。
手を戻して、地面につかない足を弄ぶ。











「さーてと……これからどうしようかなあ?」














和が持つ、その唯一に心惹かれ。
(安土の天守閣に)
(魔王と恐れられた男のモノは一切無く)
(壊れかけた壁に)
(裂かれた軍旗が張り付けにされていた)

(まるで発条が切れたように)
(何もかも微動だにしないまま)



110407
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