蝶の夢・人の想い。 「帰蝶ー、出陣って本当?」 「ええ。私は越後に向かうわ」 ふぅん、と小さく返して、伸びをする。 帰蝶は着物の帯をしっかり締めると、優雅に立ち上がった。 「もう行くのー?」 「まだよ。…ねえ兎束、これは私の独り言よ」 綺麗に微笑む帰蝶が、少し寂しそうに言葉を零す。 是非を返さないボクに何を言うでもなく、帰蝶は口を開いた。 「私は何も後悔していないわ。あのお方の傍にいれたことも、この軍に身を置いて戦場に立ったことも。でも私に、あのお方はどうすることも出来ない。出来る訳も無い」 「ん、それで?」 「だから―――だから兎束、貴方があのお方を支えて差し上げて」 そういう帰蝶の顔は、凄く綺麗で。これが愛を知る人間の顔なのかなあ、なんてらしくなく一人ごちた。 それでも、それ以上の感情は浮かんで来ない。結局、ボクは"武器"だから。 「じゃあ帰蝶、こっからはボクの独り言」 きょとん、と見据えた帰蝶ににっこりと笑いかけて、直ぐに背を向ける。 「何で自分の決定に、"後悔してない"なんで言い聞かせるの?今更どうにもならないのに。帰蝶が吉法をどうしようも出来ないのも分かりきったことでしょ?人間は独りで生きて独りで死ぬ。誰かの為に命を賭けたって、何も変わりはしないのに」 微かに一瞥してみると、帰蝶はやっぱり悲しそうに笑ってた。 肩が震えていたから、多分それは"何か"を押し殺しているんだろうけど。 何もない静寂の後に少しして、帰蝶はまた、ボクの名前を呼ぶ。 「んむ?」 「……いいえ、何でもないの。私は行くわね、兎束」 「んー」 生返事を返して、帰蝶の背中を見送った。 ねえ帰蝶、分かってボクに言ったでしょ?ボクなら全部否定するって、分かってたでしょ? 不快感は全くなくて、寧ろ、勝手に上がる口元を手で隠す。 ―――流石、人の子は面白い。 蝶の夢・人の想い。 (ボクに分かれとか言わないで) 110402 |