仕来りという柵に閉じ込められし人。






―――閉じてた目を開けて、それから、人の姿に戻った。
危ない危ない。人に見つかって面倒な訳じゃないけど、いい気分はしないもんねー。
無くなった人の気配を良いことに、長い廊下を進んでいく。
とある障子の前で止まると、名乗るより先に入りたまえ、と静かな声が聞こえた。
声に従って、部屋に入る。


「重虎、だいじょーぶ?」

「……落ち着いてはいるよ。悪いけど、障子は閉めてくれるかい?」

「はーい」


なるべく音を立てないように閉めて、布団の横に座った。
ただでさえ白い重虎の肌は、体調不良も相俟って骸の様に青白い。


「それで、ボクに話なんでしょー?」

「そうだよ。……ねえ、兎束」

「んむ?」


血の気の無い唇から零れる言葉は、何処までも重い。
まあ、ボクの知ったこっちゃないんだけどねー。
首を傾げるように見据えて雰囲気で促せば、重虎は一度口を結んでから、意を決したように言葉を紡ぐ。


「兎束は、死が怖いかい?」


ゆうらり、と揺れる重虎の眼は、畏怖と、焦燥と―――ちょっとだけの後悔が読み取れた。
それに映る微かな"ボク"の姿が、酷く滑稽で。


「さあねー。ボクにとっては"生"も"死"も関係無いからさ。生きるものには終焉を。死んだものには崩壊を。"生命"は"死命"を背負って生きるんでしょ?ボクはどっちでもない。だた摘み取るだけの刃だよ」


鋏で糸を切るのに、何の感情も浮かばないでしょ?
そう聞くと、重虎は目を一瞬見開いて、それから、笑った。
でもそれは、直ぐに剥がれ落ちてしまう。


「兎束、僕は、……僕には時間が無いんだ。生き急いでいると自分でも思うよ。君にとって、僕は滑稽かい?不様かい?それとも、愚かしいかい?」


重虎の言葉は、らしくなく早口で。
しん、と静寂なのに響いた音が、一瞬だけボクの意識を奪い去った。
それから―――自然と上がる口をそのままに、重虎を見据える。








「とっても滑稽で不様で、愚かだと思うよ」








重虎の眼が、しっかりと見開かれる。
驚愕か、困惑か、それとも畏怖か、ボクにはわからない。
でも、言い返されないのを良いことに、更に言葉を重ねた。


「それがイキモノだと思うけどねー。"生命"は"死命"を背負っているから"使命"を果たすんじゃない?だから焦る。―――ど?」

「……そう、かもしれないね」


そう返した重虎の顔は"らしく"なっていた。でもね。
―――自由には、なりえないんだよ。







仕来りという柵に閉じ込められし人。
(動けないのはカレか、それとも―――)



110303
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