今と言う物語が――現在。






ふらふらと出ていった先は、気づけば希望ヶ丘で。
既に日は沈み、橙から濃紺へと空が変わる時間帯、人通りは殆ど無い。
力が抜けるまま、ベンチに腰掛けた。
……そういや、何も食べてねえや。腹が減っているかどうかすら、わからねえけど。

闇に溶け込んでいく掌をじっと見下ろす。
それが無くなることは絶対に有り得なくて、それなのに良太郎は消えたんだ―――結局、自責に逆戻り。
デンライナーには行きたくない。かといって、ミルクディッパーに行くわけにもいかない。
小さくため息をついて立ち上がる。漫喫でも行って、寝るか……。


「……自堕落だな、俺も」


ぽつり、とそう零したとき―――感じた"違和感"に振り向いた。
暗がりでもわかる、人にあらざるシルエット。
反射的に下げた足がすくむ。


「ほう、電王か……夜遊びとは関心しないな!!」

「っ!」


鞭のようなイマジンの武器が、唸る。
間一髪で避けたが、無様に倒れ込んだ拍子に切ったらしい。頬がちりちりと痛む。

怖い。怖くて仕方ない。
動かねえと殺される。俺は今、どんなに拒絶したって世界からは"電王"と認識されるんだ。
なのに足は動かない。立ち上がることすらままならない。


「どうした、腰抜け電王が」

「ぅ、あ……っ…!!」


声すらも引き攣って、音に成り切らない。
怖い。死にたくない。
涙で視界が歪んだ。誰か。誰でもいい。俺を助けてくれ。
なあ、良太郎、お前はこれに何度耐えたんだ?
お前はやっぱすげえよ。俺には追い付けねえ。


「……ごめん、良太郎…」

「別れは済んだか、電王!!」


イマジンの武器が振り上げられた。
スローに見える世界。身体は動こうとしてくれない。
良太郎、ごめん。お前を取り戻せなくて。こんな弱い兄貴で、ごめんな。
瞬間―――ぐん、と引っ張られるように身体が動いた。いや、動かされた。


「なっ―――ぐぅっ!」

「俺、参上ぉおおぉおお!!」

「(…モモタロス……)」


呆然とする俺を余所に、モモタロスはイマジンを退けていく。
勝手に動く身体に違和感を覚えるが、何もすることは出来ない。
俺を気遣ってか、モモタロスは変身もせずにイマジンを追い返した。

光が飛び出すと同時、身体の重さが一気にかかってきて、無様にそこに座り込む。
未契約体のモモタロスが、ざあ、と砂音を立てながら俺に近付いてきた。


「何やってんだよ彰太郎!情けねえ」

「…はは、全くだ……」


何時もだったら突っ掛かる物言いにも、言い返す気が起きない。
そんな俺を見てか、モモタロスはバツが悪そうに頭を掻いてから、彰太郎、と俺の名を呼んだ。


「俺はお前が何に参ってんのかわかんねえ。わかんねえけど、手伝うことくらい出来んだぜ?」

「…………」

「何かこぼれ落ちたモンがあんなら取り戻しに行けばいいだろ?時間も守れて一石二鳥だ」

「……そう、だけど…」

「だぁあああぁぁあ!!まどろっこしい!彰太郎が元気ねえと調子狂うんだよ!」


俺は訳わかんねえのが嫌いなんだよ!とまくし立てるモモタロスに、思わず笑いが零れた。
良太郎、俺は馬鹿だったよ。お前は居なくたって、お前の意思は此処にあったのに。
俺ばかり歎いてたってしょうがない。気に食わねえ事はブッ壊す。
なあ、良太郎―――だから少しだけ、お前の力を貸してくれ。


「くっ、はは…ははははははは!ごもっとも!この俺がモモンガ如きに励まされるとはな!世も末だ!」

「テメッ、折角俺がわざわざ…!しかも誰がモモンガだこの野郎!!」


突っ込んできたモモタロスには、砂崩しをくれてやる。
ひとしきり笑ったあと、再び不安定な形を取り戻したモモタロスに、軽く拳を当てた。


「ありがとな、モモタロス。元気出た」

「…わ、わかりゃあいいってことよ」


ふいっ、と顔を逸らす仕種が不釣り合いで、思いっきり笑った。お前ガキだよな、本当。
ざあ、と音を立ててデンライナーに戻ったモモタロスを見送って、ポケットの上かからパスを握り締めた。

俺は野上彰太郎。良太郎である必要は何処にもねえ。
だから"俺"が、良太郎を取り戻す。









今と言う物語が――現在。
(在る現ならば打開せよ、)





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