揺らがない遊戯――運命。







俺の弟は、とんでもなく不運だ。


人に絡まれては暴力にカツアゲ、三輪車には撥ねられる、マンホールには落ちる。
自転車ごと木のてっぺんに引っ掛かった時は、呆れを通り越していっそ感動を覚えた。
その弟が時間を、しいては世界を守っていると知った時、何故か妙に納得したのは記憶に新しい。
それから俺もそれに協力というか、ついていくようになって、暫くした頃。

その弟が。
どんなに不運でもめげなくて、優しかった弟が。
俺に脆い"記憶"だけを残して―――消えた。







「……は?オイ、もっかい言ってみろ、股引き」

「俺はモモタロスだ!!」

「んなこた聞いてねえ!もっかい言ってみろっつってんだよ!!」


バン!と俺が力任せに叩いたテーブルの上の、マグカップが揺れる。
リュウタロスとナオミが随分怯えてるが、そんなことを気にする余裕なんかなかった。


「だから、良太郎って誰だって聞いてんだよ!」

「ふざけんな!!俺の弟を、電王を、自分の仲間を知らねえと吐かすか?!」

「ちょ…ちょっと落ち着こうよ彰太郎、冷静に、ね?」

「そうや、なんやおかしな事言ってんで?」


今にもモモタロスに殴り掛かりそうな俺を、両側からウラタロスとキンタロスが押さえ込んだ。
振り払おうにも、イマジン二体相手は流石にキツイ。
大きく息を吐いて、モモタロスを睨みつけた。
……少しだけ、頭が冷えたかもしれねえ。


「…何がおかしいって?良太郎を知らねえっつーお前らの言か?」

「彰太郎、彰太郎はどうしちゃったの?言ってる事がおかしいのは、彰太郎だよ?」

「リュウタロス、お前何言って―――」

「電王は彰太郎でしょ?"良太郎"じゃないよ」

「………………は?」


たっぷりと間を開けて、漸くこぼれ落ちた言葉は何とも情けなくて。
これを言ったのがウラタロスだったら、嘘八百だろうと返せた。解釈できた。
けど、言ってるのはリュウタロスだ。
何処までも素直で、我が儘なお子様。こんな嘘をつくようには、見えない。


「……おいおい、冗談止せよ。今日はエイプリルフールじゃねえぞ?」

「冗談止せって言いたいのは俺達の方やで?」

「僕もキンちゃんに同感。そもそも彰太郎の兄弟は愛理さんだけで、弟なんていないでしょ?」

「――――――!!」


声にならかった言葉が引き攣る。
そのまま何にも目を向けず、俺は発車ぎりぎりのデンライナーから駆け降りた。
なんてタチの悪い冗談。じゃなきゃ夢だ。
走って走って、ミルクディッパーのドアを開ける。
何時ものように珈琲豆を挽いていた愛理が、キョトンとしたように俺を見た。


「どうしたの?そんなに急いで、」

「あい、り……愛理!良太郎、は?!」


上がった息で言葉が途切れて、その事実に初めて気づいた。
けど、そんなのどうだっていい。
胸中で懇願する俺に、愛理は、首を傾げた。


「良太郎、さん?彰太郎のお友達?」

「っ!!」


理解したくなかった現実を、突き付けられた。
理解してしまった。気付かないフリをしていたかった。
愛理がなんか呼んでる気がしなくもない。
けど、気にすることなんかできなくて、唇を噛んだ。

俺は、俺が―――良太郎を奪ったんだ。









揺らがない遊戯――運命。
(運ばれる命は、消失)






110102
back