気付けば迷子になっていました。






『うそだ、』


がしゃん、と音を立てて、スラッシュアックスが地に落ちいた。雑に扱えば壊れるかもしれない。けど、そんなことを気にしている余裕なんかなかった。
だって、この、これが本当なら、今まで、俺が、俺が信じて、信じ続けて、やってきたことは。


『そんな、じゃあ、俺は、俺の、―――俺、が、』


目を見張るような光景。頬を伝う涙は、悲哀か、驚嘆か、失望か、贖罪か。

…………違う、これが《絶望》だ。

希望が絶たれた状態。絶望。生きるのに希望は必須ではないが、"希望"というものは、今までの経験や知識から導き出されるものだろう。その経験や知識を根本からすべてを否定された。希望が導けない。自分を導けない。未来が分からない。過去が壊れ否定された。現在は、淡々と進んでいく。
じゃあ、俺は、《今》、なにをすればいい?
俺は、どこに、どうやって立って、生きていけばいい?


『俺、の、俺のせい、俺が、』


どくり、と、心臓が大きく脈打った。ああ、俺に向けられている、あの筒状の物は何だろう。何で、俺をそんな目で見るんだろう。
俺が守らなきゃ、俺が、俺のやってたことは間違ってなかったって証明しなきゃ、俺、俺は、俺は死にたくない。死にたくない。死にたくない。生きるんだ。生きてみせる。そうだ、だって、俺は。


『狩られるまえに、狩らなきゃ、』




――――――俺は、ハンターなんだから。











「終わりましたよ」

「ジョルノ、仗助……アルバはどうだい?」

「怪我は完璧に治したっス。けど、結構酷かったから起きるのは何時になるか……」


ジョルノと仗助の言葉に、とりあえずは安堵した。これで死ぬことはないだろう。ベッドに横たわるアルバの顔は、僅かだったが、血の気が戻っていた。
それにしても、と、ジョルノが珍しく、表情を歪めながら言葉を紡ぐ。


「アルバは一体、どんなことをしてきたんでしょうか……傷の数も深さも尋常じゃあない。全身ボロボロですよ」

「モンスター相手にしてるなら当然じゃねーの?」

「それにしたって多すぎる気がするんだよ。ジョルノが言うに、明らかに弾痕って分かる傷もあったみてーだしよぉ……」


仗助の言葉に、流石のジジィ眉を寄せた。モンスターと対峙しているだけなら、普通、弾痕なんて残らないだろう。
眠っているアルバに視線を向ける。表情は何処か、苦しそうに見えた。


「ジョースターさーん!いるんですかーい?」

「スピードワゴン?珍しいなあ……ちょっと出てくるね」


兄貴は玄関に向かって、すぐに戻ってきた。その後ろには、見知った人間が一人。確かに珍しいな、連絡もなしに来るなんて。


「すいませんジョースターさん、連絡もせずに訪ねちまって」

「大丈夫だよ。どうしたんだい?」


その言葉に、それが、と、スピードワゴンは言い澱んだ。アルバに一瞬だけ視線を寄越してから、本当に用があったのはコイツなんですけどね、と、苦虫を噛みつぶしたような表情で言葉を紡ぐ。


「仗助が見たって言うモンスターが分かったんだが、当のアルバがこの状態じゃあな……」

「分かったんスか?!」

「おう。コイツだろうな」


差し出された写真には、一匹のモンスターであろう姿が写っていた。黒光りしている体躯。ミサイルのような尻尾。緑色に光る頭部、それから、腕。俺達が今まで遭遇したモンスターとはまた違った生き物が、そこに、いた。


「……これ、本物よね?本当に、こんなのが……」

「俺もにわかには信じがたいと思ったんだが、こうして証拠も出た以上、信じるしかねえだろ?詳しいことは調査中だ。危険だから迂闊に近づけなくてな」

「―――しなくていいよ。俺が分かってればいいんだし」


不意に響いた声に、そちらを振り向いた。すぐに目覚めるような状態ではなかったはず。いくら怪我は完治しているとはいえ、異常なくらい、早い。
アルバはといえば、ぐっと大きく伸びをした後に、裸足のまま、ぺたぺたとスピードワゴンに近づく。それから、持っていた写真をひったくって、じい、とそれを見据えた。


「ブラキディオス、ね。おかしいなあ、こんな所に居るはずないんだけど……どーなってんだか。まあいいや、ねえステップワゴン、これってこの近く?」

「俺ァスピードワゴンだ!!……まさかおめぇ、今から行くってんじゃねえだろうな?!」


荒げられた言葉に、アルバはきょとんとした表情を見せた。心底不思議に思っているのだろう、眼も丸くなっている。
今の言葉のどこに、呆気にとられる要素があったのか、俺にはわからねえ。寧ろ、正論にしか聞こえなかった。
アルバは首を傾げて、困ったように口を開く。


「え、今から行くに決まってんじゃん。えーと、アイテム足りてるっけ?あと装備は……」

「死にに行く気か、テメェ」


紡いだ言葉は無駄に響いて、空気を凍らせた。
スピードワゴンの方を向いていたアルバは、緩慢な動作で俺の方を向く。何処か苛ついたような、焦っているかのような、そんな表情。深紅の眼は、揺れていた。


「……あのねえ承り、言ったじゃん。俺だって死にたくないよ。けど別に、死は怖くない。此処で俺が死ぬなら、それは俺が未熟だったってことだ。俺の生存本能より、相手の生存本能が上回ってた。それだけだ、って。それが俺の意志で、ハンターのとしての誇りだって」

「誇りの為に命を捨てるんですか」

「そもそも何で死ぬ前提で話されなきゃなんないのさ」

「死ぬ確率がどう見ても高いからだろ?」


ジジィの言葉に、アルバは視線を落とした。握られた拳は、震えている。
ぼそぼそと何か言っているようだったが、小さすぎて聞き取れない。何が言いてぇんだ、と言えば、声は大きくなった。


「俺にはこれしかない。"俺"を証明し続けるためには、狩り続けるしかない」


その言葉は、まるで、自分に言い聞かせているようで。
アルバの声はどこか無機質で、まるで台本を読んでいるようだった。誰も口を挟めない。アルバは、続ける。


「俺はハンター、狩人だ。狩人は、狩り場に生きて狩り場に死ぬが誉れ。安全な場所でのうのうと暮らしたくなんかない」


アルバが顔を上げた。深紅の眼は暗かったが、決して濁ってはいない。何処を見ているのかは、さっぱり分からないが。


「最期の最後まで、俺はハンターで居たいんだ」


その言葉は、自然で、懇願しているようだった。願いと言うには痛く、誓いと言うにはあまりに脆い。
声ははっきりしているのに、どこか絞り出すようで。


「例え、どんなレッテルを貼られたって―――」


どこか震えた言葉は、まるで悲鳴のよう。そうやって、声にならない悲鳴を上げて、誰にも聞こえない助けを呼び続けていたのだろうか。
アルバは小さく笑うと、スピードワゴンの横をすり抜けて、外に出ていった。


「…………ハッ!!ジョースターさん!!アルバを追わねぇと!あんな状態で行くなんて危険すぎるぜッ!!」

「そ、そうだ!いくら治ってるからって無茶だ!」


ジョナ兄の言葉で、慌ててアルバを追いかける。だが、アルバの姿は何処にもない。
小さく舌打ちをして、スピードワゴンの言う場所に向かって走り出す。









「ブラキ見っけー。…………にしてもでかいなあ」


植物の陰に隠れながら、ブラキの様子を伺う。こっちに気づいた様子はないんだけど、いやですね、本気ででかい。あれ絶対最大金冠だよ!ふざけんなよ!モンスターは大きさ=攻撃力と範囲なんだよ!!俺死亡フラグ!!
うーんどうしようかなー、って考えてたら、後ろからひっくい声で声をかけられました。うん、振り向きたくないね!!俺は何も聞こえない。何も聞こえないよ!


「おい、無視とは良い度胸じゃねーか」

「ぴゃああああああああごめんなさいごめんなさい!!だって承り怖いんだよおおおおおおおおおおお!!」


ですよねー!!わかってたよですよねー!!
背後には承りだけじゃなくて、ジョナ達がみんないた。てーか、なんでゲオもいるの?お前さっきいなかったよね?


「アルバ、やっぱり無茶をしたらいけない。僕達も協力するよ」

「ふん、こんなアホ面など勝手に死ねばいいではないか」

「取りあえずディオは黙ろうか」


ジョナに睨まれたゲオは、ウリィだかうりゃーだかなんだか言いながら黙った。奇声なのか鳴き声なのかって聞いたらたぶん怒られるよね。俺自重。
会話をしながら、後ろへの警戒は怠らない。うん、ブラキはまだ大丈夫そう、と。


「ありがとね、ジョナ。でも、これは俺の仕事だからさ、俺にやらせてよ。それに……ブラキは、今までこっちで狩ってきたモンスターのどれよりも危険なんだ。ね、頼むよ。俺の骨だけ拾ってくれたらそれでいいよ!」

「洒落にならねーからやめろよアルバ……」


ひきつった顔をするジョセには曖昧に笑っておく。だってねえ、言っておかないと俺が死んだらどうするのさ。
よろしくねー、と手を振って、ブラキの前に躍り出た。うわ、本当にでかい。見れば見るほどでかい。マジで金冠だよ最大金冠確定だよ!!目測でも分かるよ!!


「気合い入れて一狩り行きますかッ!《ダイヤモンドクレスト》!」


ベリオロスのライトボウガンを構えて、氷結弾をリロードする。警戒状態のブラキに向けて撃つも、かすっただけ。相変わらずノーコンですね俺!
…………けど、俺を見るや否や、ブラキ全身の粘菌の色が変わった。美しい緑色から、すこし黄色みを帯びる。ひくり、と、表情がひきつるのがわかった。


「うわあああああああああああああ怒ったぁあああああああああ?!何このブラキ金冠な上に短気とか!短気とか!!弾かすっただけじゃんどうしてこうなったぁああああああああ!!」

「アルバ?!大丈夫なのかいッ?!」

「お願いだから出てこないでジョナー!!マジで余裕なんかないって言うか俺が殺されそうだよ何なのこのブラキー!!」


逃げ回りながら、隙をついて撃つ。隙の少ないボウガンで本当によかったよ……!!でも欲を言えば回避系スキルほしかった!地味に爆発に巻き込まれる!
…………それでも少し、頭が冷静になったとき、違和感を覚えた。ブラキは希有な爆破属性を持つモンスター。体躯も大きいし、気性も荒い。他モンスターの縄張りに平然と侵入するし、縄張りの主を返り討ちにした事例だってあるほどだ。そんなブラキに、ここまで強くならなきゃならないほどの理由があるのか?いくらイビルジョーというバランスブレイカーが居るからといって、ここまでの個体になるとは考えにくい。てか、ジョーにも勝てそうだよねブラキ。
そこまで考えて、閃光玉をぶん投げた。ブラキが目を回しているうちに、ジョナたちがいる茂みに身体をねじ込む。


「おい貴様、アレを狩るのだろう?なら戻ってくるな……行け」

「どういうことなのバカなの死ぬの?ゲオはもうちょっと現実見て言ってよね!いくらなんでも、あんなに大きくて気性の荒い個体は初めて遭遇したんだよ俺だってさあ……」


はあ、と一息ついたとき、体中があちこち痛み始めた。やっべ、気ィ抜きすぎたかな。
ポーチの中を漁ってたら、痛みがなくなった。え、と思って振り向いたら、ジョースケがにかりと笑ってた。


「怪我なら俺が治すっすよ!」

「おー、ありがとうジョースケ!いやあブラキ怖いよブラキ。でかいし速いし爆発するし。あーもう、どんな個体だよアレ」

「アレが普通じゃないんですか?」


ジョルノが首を傾げながら聞いてくる。アレ通常個体でたまるか!ハンターが死屍累々たる有様になるわ。
静かに首を振ると、さすがに何かを悟ったのか、それ以上ジョルノがつっこんでくることはなかった。代わりにジョセが、俺の顔をのぞき込む。


「なあ、アレは前に狩ってた……れうす?ってのとは全然違うよな?」

「もちろん。アレは砕竜・ブラキディオスっていってね、最近確認されたモンスターなのよ。腕が発達した珍しい例でね……あの光ってるのが粘菌で、それが爆発してんのよ。腕を壊せれば少しはいいんだけど……」

「壊せばいいじゃない」

「無理言わないでよ徐倫ちゃん……"黒曜石は砕けない"んだから」


そういったら、徐倫ちゃんは何言ってんの?とでも言いたげな顔をした。そりゃあそうだろう、この言葉は、ブラキの強さを表した比喩のようなものだから。実際、黒曜石は簡単に砕けるよ。金槌でブッ叩けば粉々に砕け散るよ。ブラキがそうはいかないだけで。
弾を確認して、ポーチ整理して、深呼吸して……よし、準備オケ、ってところで、承りに声をかけられた。なんですか全くもう。


「アイツをスタープラチナで殴ったらどうなる?」

「すたぷら……ああ、スタンドか!まず殴れないんじゃない?承りがブラキに近づきすぎるよ、間違いなく死ぬね」


すぱっと切り捨てたらすごい顔でにらまれましたごめんなさい。マジごめんなさいでも事実です許して!
これ以上言葉を連ねられる前に、再びブラキの前に躍り出た。試しに一発蹴ってみたら、案の定キレました。わあこのブラキ超短気。蹴っただけで怒髪天とか!早く疲労状態にならないかな。
ガンナーではそうそう被弾できない、回避を中心に立ち回って、隙をついてボウガンを撃つ。そうだ、狩るんだ。狩られる前に狩れ。それしか、俺が生きる道はない。そう思ったら、一気に頭は冷静になった。


「狩れば、いいんだ」


轟音と爆音、咆哮、耳が壊れそうなほどの大きい音の群のなかで、俺の声は響かない。
それらの中では小さい発砲音が響くと、ブラキはゆっくりと地に伏した。ずうん、と地面が揺れる。動かなくなったことを確認してから、ボウガンを背に担いだ。


「あー、やっと終わった……ジョナ達もう大丈―――」

「アルバッ!!後ろだッ!!」

「へ?」


俺に警告してくれたのは、誰だったんだろう。
それを理解する間もなく、俺は、自分の身体から流れる鮮血を呆然と眺めていた。






気付けば迷子になっていました。
("証明"に縋るには、依存するしかない)



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