大空に飛ばす挑戦状。





空気を震わせる轟音は、辺りに反響して、消えた。俺の持つガンランスの排熱部からは、白い煙がうっすらとのぼっている。
深夜の海に、ただ一人。もらった情報を頼りに、狩りに来た。それだけ。そう、いつものこと。
……それが"いつも"じゃなくなったのは、いつからだったっけ。


「まあ、俺のせいだからなあ……八つ当たりする相手もいないや」


後悔はない。反省もしてない。だって俺は、間違ったことをしたとは思ってないから。例えそれが、残虐非道と、人でなしと言われるようなことであっても。
ガンランスを納刀して、大きく息を吐いた。今更考えたって仕方ないんだ、もうやーめた、っと。
モンスターの亡骸を処理して、砂浜に寝ころんだ。見上げた夜空と数え切れない星は、どこでも同じなんだと。
……それが無性に、俺を責めてる気がして、断ち切るように目を閉じた。









「起きろ!どこで寝てやがるッ!!」

「あだぁああああああああっ?!何事?!敵襲?!敵襲なの?!」

「まあ、ある意味そうよね……」


頭に衝撃があったから飛び起きたら、ズゴゴゴゴって文字を背負ってそうな承りと、あきれ顔の徐倫ちゃんがいました、まる。ヒィイ承りがご立腹だよ……!!
きょろきょろと周りを見回せば、俺が昨日の夜、狩りをしてた場所だってのは分かった。えーと……ふてくされて寝っころがって、そのまま朝になっちゃった感じ?てーかこの太陽の高さだともう昼的な?わぁお、こんな朝寝坊久しぶりだよ!


「寝起きに日光はキッツイって……おはよう承り、徐倫ちゃん」

「謝罪も言い訳もナシか。イイ性格してんじゃねえか、テメー」

「だって言い訳も何もないじゃんこの状況」


てーか、言い訳でもしようものなら承りがブン殴りそうじゃん俺のこと……!!それは勘弁してほしい!!
まだ少しふらつく頭を抱えつつ、立ち上がって砂を払う。うーん、ユクモ装備が大分くたびれてきたなあ。てか、レウスに背中焼かれて繕ってあるんだよね、これ。流石に買い換えなきゃか。
大きく伸びをしたら、ホーステール前髪のお兄さんと、イケメンなお姉さんが近づいてきた。女性にイケメンはおかしいって?だってそういう形容しかできないんだもの。


「承太郎、知り合いかい?」

「なよっちィ感じの男じゃん。あたしの趣味とは違うね」

「イケメンのオネーサン、初対面でそれは流石の俺でも傷つくよ……」


俺、そんなにナヨナヨして見えるのかな。確かに、ハンターにしちゃ華奢ってよく言われるけどさ。この場合、ジョナとか承りのガタイが良すぎるせいだと思うんだけどなあ。
俺がイケメンって言ったからか、オネーサンは僅かに眉を寄せた。一応言っておく、褒めてるからね。褒め言葉だからね?!


「あぁ。ウチに居候してる奴だ」

「ふぅん。初めまして、花京院典明です」

「これはどうもご丁寧に。アルバっていーます。で、オネーサンは?」

「……エルメェス・コステロ」


どうしよう発音できる気がしない。え、えるめ……えるめーす?違うな……もう姉御でいいかな。俺、舌っ足らずなんだよねえ。お兄さんはカキョイン。オケ。
んで、承り達はなにしてるの?と問いかけると、承りは持ってたバケツをずいっと見せてきた。え、何さ。


「ヒトデ?」

「父さん、海洋学者目指してるから」

「何それスゴい。さらっと言っちゃう徐倫ちゃんもスゴい。あ、それなら潜ろうか、俺」

「素潜り出来るのか」

「出来るよー。ってか、水中でも狩るし。六、七分くらいなら息継ぎ無しで泳げるよ!」

「………………アルバって何者なんだい?」

「ただのハンターですよやっほーい」


ひきつった表情のカキョインにへらっと笑ってみせたら、何故かため息をつかれました。本当のことだよ!俺ハンターだもん!……ダメだ自分で言ってて寒い。寒すぎる。
じゃあちょっくら行ってくるよー!と逃げるように言って、海の方に走り出す。深くなってきたあたりで、勢いよく飛び込んだ。
穏やかな海は、あっちと何ら変わらない。けど、なんか見通しが悪い。水没林みたいな、植物とか漂流物での視界の悪さじゃない。強いて言うなら、海そのものが汚れてるように感じる。……気にするだけ、無駄なのかなあ。

余計な考えは振り払って、ヒトデを探す。結構居るモンなんだなー。
捕まえられるだけ捕まえて、そろそろ一度あがろう、と水面を目指したとき、波を起こすくらいの咆哮が、海全体を揺らした。
ハッとして辺りを見回しても、モンスターの姿は見当たらない。ってーと、陸上か?そうなったら、承り達が危ない。スタミナなんかお構い無しで、一気に浮上する。
―――そこに居たのは、美しい白色の外殻と、青色の背電殻を持つ、ラギアクルス亜種。俺に気づいてる様子はないけど、承りや徐倫ちゃん、カキョイン、姉御が対峙してる。人型の何かは、スタンド、ってやつなんだろう。だとしても、ラギア亜種に一発でも喰らえば、死にかねない!


「全員、目ェ伏せろぉおおおおおおおおおお!!」


声が届いたのかどうかは、わからない。でも、俺の意図は伝わったのか、腕で目を隠したり、地面に伏せたり、四人全員が直視しないようにしたのは分かった。アイテムポーチから閃光玉を取り出して、大きく振りかぶる。


「怯めぇーッ!!」


力の限りに投擲した閃光玉は、うまい具合にラギア亜種の胸部で炸裂した。眼が眩んで動けないラギア亜種の所に、最速で近づく。苦手とか言ってらんない。やるしかない。


「《熾烈ナル修羅ニ墜ツ鎗》ッ!!」


呼び出したのは、グラン・ミラオスのガンランス。ガンスは苦手だけど、今回はその火力に頼りたい!あ、名前が厨二病全開とか言わないでね。俺のせいじゃないし。
ラギア亜種の胸部に切っ先を向けて、足にぐっと力を入れた。瞬間、龍撃砲の轟音と共に、大きくノックバックする。ラギア亜種も、大きく怯んだ。


「おい、アルバ!」

「話してる暇があるなら逃げろッ!守りながら狩れるほどラクな相手じゃあないんだ!」

「でも!アルバはこのモンスターを一人で相手するっていうの?!」

「別にそれが常なんだから今更―――危ねェッ!!」


慌ててガンランスを納刀して、承りと徐倫ちゃんの所に走る。カキョインと姉御の距離なら大丈夫、だけど、二人の位置じゃあギリギリ喰らうだろう。ああもう、しょうがない!
歯ぎしりがするくらい強く歯を食いしばって、当たる場所を考慮しつつ、承りと徐倫ちゃんにタックルした。
………………ああ、だからパーティーは嫌いなのに。









完璧な不意打ちでタックルされ、無様に地面を転がった。俺の横にいた徐倫も、同じように吹っ飛ばされたらしい。大した痛みがあるわけでもないが、されたという事実に腹が立つ。文句の一つでも言ってやる、と、起きあがった、瞬間。


「ぐ、がぁあッ!!」


目映いほどの蒼い光、放電の音と火花―――それにかき消されそうになりながら、アルバの声が響いた。いや、声じゃない。苦痛の呻きだ。……まさか、あの放電に当たったのか?!なら、さっき、俺と徐倫にタックルしたのは。


「徐倫!花京院!スタンドでアルバを引っ張れッ!」

「任せろ!《法皇の緑(ハイエロファントグリーン)》!」

「《ストーン・フリー》!」


ずるり、と引きずられるアルバの身体を、モンスターはジッと見ていた。こっちへの警戒は解かれていない。それに気づいた花京院が、モンスターの背後にエメラルドスプラッシュを撃ち込んだ。砂が立ち昇り、モンスターはそちらを振り向く。その間にアルバを抱えて、茂みの中に身を隠した。


「おい、アルバ!起きろッ!!」

「脈はあるし、息もしてる、目立った外傷はない……けど、さっきの放電に当たっていた!起きろって方が無理なんじゃあ……」


花京院の言葉に唇を噛む。
それは分かってる。だが、アルバが起きなければ、状況は絶望的と言っていいだろう。スタンドを使っても、あのモンスターに対抗するのは至難の業だ。今のところ、俺達から興味は逸れているが、不意打ちで倒せるとは思えない。時を止めたとしても、その間に倒せなければ反撃は必須。そうなれば、無事では済まないだろう。


「父さん、仗助とジョルノに連絡しておく?」

「いや、外傷じゃないならあまり効果は期待できねえ。なら、わざわざ危険に晒すメリットがない」

「けど、このままこうしてる訳にもいかないッ」


エルメェスの焦りも尤もだ。
アレを倒す?出来たらいいが、あまりにハイリスクだ。
アレが去っていくのを待つ?そんな確証はない。
此処から逃げる?無関係の周りを巻き込めない。
ぎり、と音がするくらい歯を食いしばったとき、視界の端で、ゆうらり、と動く影を見た。


「アルバ?!起きてたの?まだ動いちゃあ……!!」

「…………………………ちょっと黙っててくれる?」


徐倫の言葉に反応したアルバの声は、聞いたことがないくらい低い。思わず、身構えるくらいに。
髪の間から見えるアルバの鋭い眼は、まっすぐとモンスターを見据えていた。何を言っているのかは分からないが、口は小さく動き続けている。


「アルバ、君はまさか……その身体で、あのモンスターを狩るというのか?!」

「それ以外にないでしょ。死にたいの?」


じろり、と睨まれて、花京院の表情がこわばった。
アルバの眼も、表情も、今までのそれとは全く違っていた。のらりくらりとしていて、へらへらと笑っている姿からは想像できないくらい、鋭く凛とした表情。それは強い意志と、本能が見て取れた。
そして、その眼は―――捕食者のそれと、同じだった。


「死は怖くない。此処で俺が死ぬなら、それは俺が未熟だったってことだ。俺の生存本能より、相手の生存本能が上回ってた。それだけだ」


ゆっくりとした動作で、アルバは立ち上がった。背に担いだ槍に触れ、一歩ずつ、モンスターの方に歩んでいく。俺達は、動けない。


「俺は死にたくない。まだ生きてたい。だから狩る。狩ってみせる」


アルバは僅かに、俺達を振り返った。
穏やかで、真剣で、生に縋っている、本能的な表情。


「それが俺の意志だ。ハンターの誇りだよ」


小さく笑って、アルバはモンスターの方へ走り出した。モンスターはそれに気づくと、威嚇するように咆哮する。耳を塞ぐ俺達とは違い、アルバは槍を構えると、胸部に向かって攻撃を始めた。
金属音と火花の音、発砲音、様々な音が混ざりあって、もう、どれがどれだか分からなくなっていた。
アルバの動きは、鈍らない。楯で防いで、槍で突く。銃でもあるらしく、時折、大地を揺るがすような轟音が響いていた。鋭利な爪が肌を裂き、鮮血が飛び散っても、アルバは全く怯まない。


「喰らえッ!!」


槍の切っ先が、くるくると色を変えつつ光る。そして、爆音とともに、アルバもモンスターも、大きく後ろに下がった。がぁあ、と弱く鳴くと、モンスターの巨体は地に伏した。美しい蒼に光っていた背中は、その輝きを失っている。


「ほ、本当に狩りやがった……!!」

「アルバッ!大丈夫?!」


エルメェスの信じられない、といった言葉には、花京院がしきりに頷いていた。それに我を取り戻したのか、徐倫はアルバの方に走り出す。
アルバの反応はない。だが、ひゅう、と、明らかに常軌を逸した呼吸音が、波に浚われそうになりながら響いていた。


「おい、アルバ……ッ?!」


持っていた槍がぶれて、四散した。それとほぼ同時に、アルバの身体がゆっくりと倒れていく。慌ててスタープラチナを発現させ、その身体を支えた。べたりとした血の感覚が、スタンドを通してフィードバックしてくる。


「承太郎、SPW財団に連絡―――」

「いや、家にしろ。仗助とジョルノがいるはずだぜ。徐倫、エルメェス!止血を手伝え!」


アルバの顔は血の気が引いて、青や白を通り越して土気色になっていた。このまま放っておいたら恐らく死ぬだろう。
応急手当をしながら、自分の不甲斐なさに腹が立った。結局、コイツに頼るしかなかった、と。





大空に飛ばす挑戦状。
(相手は偉大なる自然でしかなく)



130718
back