井の中の蛙という言葉。




「お前がアルバか?」


ぶらぶら散歩の帰りに知らないオニーサンに話しかけられましたやっほーい。おかっぱ頭がお似合いですねオニーサン。でもその服の柄は流石の俺でもどうかと思うよ。
そんなことを考えてたら、聞いているのか、と言われてしまった。ごめんねオニーサン。


「いかにも俺がアルバだけど、オニーサン俺に用事?てーかオニーサン誰?」

「ああ、すまない。俺はブローノ・ブチャラティ。一緒に来てもらいたい」


え、まさかの拒否権なし。どういうことなの。
うんうん唸ってたら、ブチャが笑いながら、ジョナサン・ジョースターには伝えてあるぞ、と言った。ジョナの知り合い?てーかあれですか、ジョナは俺の保護者認定でもされてるわけ?
じゃあ、ってことで、ブチャのあとについていく。なんか裏道っぽいけど、これ大丈夫なんだろーか。


「ここだ。入ってくれ」

「へいへーい。おじゃましまー」


奥に進んで、部屋に通される。そこには、なんだか物々しい人間が何人もいました。うえーい怖いよー。しかも九割九分が男ってどういうことですかー。ねえブチャ、俺お前を恨んでいい?ねえ恨んでいい?
そんなチキンハートを発動させてると、一番奥にいた金髪おさげの男の子が穏やかに笑ってみせた。あれ、どっかで見たことがあるよーなないよーな。


「そんなに怯えなくて大丈夫ですよ、取って食おうって訳じゃないんですから。話はパードレと父さんから聞いてますしね、アルバ?」

「え、あ、そーなの?てかパードレ?とうさん?俺、オニーサンの親とか知らないんだけど」

「僕のパードレはディオ・ブランドー、父さんはジョナサン・ジョースターですよ。聞き覚えは?」

「ジョナと……………………あ、ゲオか。オケ把握した」


ゲオって認識してるから理解するのに時間かかっちゃった。ごめんねー、俺ちょっと頭弱いのよ。
金髪おさげのオニーサンはちょっと不思議そうな顔をしてたけど、特に何も言ってこない。それに倣ってるのか、周りにいる人たちも、何も言わずにただ見守るだけ。逆に怖いわコノヤロー。


「僕はジョルノ・ジョバァーナです。アルバ、貴方の力を見込んで頼みがあるんです」

「オケ、ジョルノね。出来ることなら別にいーけど、俺にスゴいこととか期待、ダメ、ゼッタイ」

「大丈夫ですよ。ハントをお願いしたいんです、貴方の専門分野でしょう?」


要するに、俺に狩りをしてほしいわけだ。別にいいけど、……なんだろーねえ、このいやな感じは。別にジョルノが嫌いとか、周りの人間が……いや怖いけどさ。なんかそんなんじゃないんだよね。虫の知らせってやつ?まあいいや。
それならお任せあれ、と笑ってみせたら、ジョルノは小さく頷いた。


「でしたら、詳細はリゾットに聞いてください。見たのは僕じゃありませんので」

「りぞっと?え、お粥?」

「………………………………俺がリゾット・ネエロだ」

「まさかの人名でしたサーセン!!マジサーセンっした!!ええと、ネエロ!!ネエロね!!」


ヒィイ赤いおめめが怖いですネエロさん……!!いや悪いの俺だけど!!知ってるけど!!
他に紹介されたのは、プロシュートっていうこれまたイケメンさんでした。勢いで生ハムって言いそうになったのはナイショね。ナイショ。
結局、周りにいたオニーサン達は別件があるらしく、ぞろぞろと部屋を出ていった。てーか、じゃあ何でいたのよ。俺を怖がらせるためなの?どういうことなの馬鹿なの死ぬの?
そんなことを思ってたら、生ハ……プロシュート兄貴が俺の顔をのぞき込んできた。


「おい、話をしていいのか」

「あ、いいですゴメンナサイ。ねえ、兄貴って呼んでいい?」

「……勝手にしろ」

「ボス、コイツ本当に大丈夫なんだろうな?」

「ネエロは何なの俺を精神的に殺したいの?!心折設計ノーセンキュー!!」

「…………大丈夫だと思いますよ。一応、父さんのお墨付きですし」

「はは、アルバは面白いな」

「俺の扱いェ……」


とりあえず、ブチャが天然ってことだけは理解したわ。オケ把握。









アルバというらしい、どこまでも失礼な男は、唸りながら苦い顔をしていた。俺にはこの男が、腕利きだとはどうも思えない。


「えー……じゃあ取りあえず、どんなのを見たのか聞かせてよ。どんな特徴でもいいかんさあ」


予測はつけたいんだよねえ、と、アルバは気だるげに呟いた。本当にやる気があるのか、この男は。
そんな感情を込めてじろり、と睨んでやれば、アルバは肩を竦めてみせた。言葉とは裏腹に、そこまで怖がっているようには見えない。


「姿は見てねえ。ただ、やたらと動きが速かったのは確かだ。あと、何かの衝撃で吹っ飛ばされた」

「俺もプロシュートと同じことくらいしか分からん。ああ、そういえば赤い光が尾を引いていたな」

「それって昼?夜?」

「……………………夜だな」


少し考えてそういうと、アルバは顎に手を当てて、考え込むように沈黙した。それから、既に日が暮れた外を眺めて、俺達の方を見据える。


「オケ。ネエロ、兄貴、それを見たところまで連れてってくれる?」

「何か分かったんですか?」


ボスの言葉に、うん、とアルバは軽い調子で返事をした。だが、眼はどこまでも真剣で、さっきまでのへらへらとした雰囲気は、微塵も感じられない。あまりの変化に、プロシュートとブチャラティが目を丸くしている。
アルバは腰につけているポーチの中を漁りながら、ネエロと兄貴が見たのはねえ、と言葉を紡ぐ。


「ナルガ種で間違いないね。迅竜・ナルガクルガ。……なんだけど、原種なのか亜種なのか希少種なのかは分からない」

「じんりゅう?ドラゴンと言いたいのか?」

「ん。てーか、モンスターの一種。俺、ナルガ苦手なんだけどなあ……」


死亡フラグとか望んでないし、とぼやくアルバは、驚愕する俺達を気にも留めていない。
モンスターが存在するというのか、この男は。いや、先程の会話から察するに、アルバは、モンスターの存在を自然に、当たり前のように口にした。つまるところ、そういうことだ。
アルバはポーチの中から何かを取り出して、それを再び仕舞う。そして、ようやく、俺達に向き直った。


「ねえジョルノ達さ、ついてくるんだよね?」

「そのつもりですが」

「じゃあ、ええと……スタンド?って使える感じ?」

「…………何故、それを聞くんだ?」


スタンド。アルバの口から出た言葉に、俺もプロシュートも、友好的であったボスとブチャラティまでが身構える。ブチャラティの問いは、どこか低く、冷えていた。
アルバはそれに気づいているのかいないのか、気にした様子はない。目を丸くして、俺達を見つめ返した。


「え、だって俺がナルガに狩られたらどうすんのさ」

「何が言いたいんですか」

「自力で逃げられるのかって事だよ。狩る側が狩られる事なんか、よくある事でしょー」


さらりとこぼされた言葉に、他意はない。ただ純粋に、言葉通りのことを、言っているだけのようで。
絶句する俺達に、アルバは首を傾げていた。偽りなく、心底不思議に思っているのだろう。それが更に、アルバの異常さを露呈させていた。
そして、何の理由もなしに、だが確実に、理解してしまった。

この男は、俺達と違う世界を生きている。

本当の意味で、生きるか死ぬかのサバイバルを生き抜いている。

言葉も常識も何もかもが通じない、極限の世界を生きているのだ。己の腕だけを信じ、握った武器だけを頼りに、抵抗すらも飲み込むような大自然を相手取り、己の道を生きている。
……なるほど、確かに、信用するに値する覚悟は持っているらしい。


「逃げられる自信がないなら来ないでねー。じゃあネエロ、兄貴、案内プリーズ」

「ほお?誠意が感じられねえな」

「案内してくだせぇ兄貴ィ!」

「やはりアルバは面白いな」

「……それで済ますブチャラティもスゴいですけどね」


ボスの言葉には、全力で同意したい。









ネエロと兄貴に案内されたのは、人の住んでいるところからはだいぶ離れた場所だった。畑が広がってるのを見る限り、人はいるらしいけど、姿は見えない。まあ、その方が好都合だよねー。安全的な意味で。
…………ううむ、いるねえ。何かが、いる。


「ジョルノ達はモンスターが出たら、どこかそこら辺に隠れてて。ナルガ種は速い上に範囲も広い。慣れてないとあっという間に追いつめられるから」

「わかりました。任せていいんですね?」

「もち。ハンターの意地見せてやんよ」


ジョルノ達に笑ってみせてから、霧の濃い闇夜の空間をにらむ。今日は満月か、……うわあどうしよういやな予感しかしない。
アイテムポーチからペイントボールを出して、おもいっきり投げつけた。ぱあん!と弾けたボールの色は、月白色の体躯に似合わないピンク色。……立った!死亡フラグが立ったぁあああああああああ!!


「ルナルガとか死亡フラグにもほどがあるんだけど!《グラスヴァルディー》!!」


ステルス状態とか本気で勘弁してぇえええええええ!!
片手剣を構えながら、かすかな音と勘でルナルガの攻撃を避ける。下手に喰らえば、一発でお陀仏だ。それは勘弁してほしい。


「おい、姿が消えたぞ?!」

「そういう種のモンスターなの!!消えたように見えるの!!分かったら兄貴とネエロも下がってよ!!ジョルノとブチャはもう避難してるんだからさ!!」


俺は兄貴とネエロを守りながら狩れるほど、器用じゃないし強くもないんだかんね!言ってて情けないけどね!!
すた、と地面に降り立ったことで、ルナルガは姿を現した。眼を赤く光らせながら、モンスターにしては小さい、けど鋭い咆哮が響き渡る。


「キレんの早ッ?!音爆弾すら使ってないのにィ!!」


つーかでかいんだけどコイツ!!ふざけんなよ!!
飛びかかりを避けて、片手剣で斬りつける。それから、すぐに離脱。ヒット&アウェイは基本です。
……と、思ってたんだけど、あんまり時間がかかると、ジョルノ達にも危険が及びかねない。張り付いた方がいいかなあ。


「ねえジョルノ!時間の余裕ってどれくらい?」

「特に制限はありませんけど……夜が明けてしまっては人が集まってしまうかもしれませんね」

「オケ把握した。んじゃあ、ちょいと急ごうか!」


時間はあっても、長期戦は不利だしね。
尻尾の叩きつけ、それに付随する毒針を避けて、尻尾を切断する。……おかしいな、こんな簡単に切れるはずないんだけども。
そんなことを考えていたのが悪かった。体制を立て直したルナルガが、俺に向かって飛びかかってきている。捕食されることはないと分かってる。けど、どちらにせよ、無事では済まない。怒ってるから音爆弾も効かない。
避けられないし、盾を使っても……しょうがない、多少の被弾は覚悟の上だ。そう思った、瞬間。


「《メタリカ》ッ!!」

「ネエロ?!」


ネエロの声が響いたと思ったら、ルナルガの刃翼が音を立てて壊れた。見れば、そこからいくつもの刃物が出てきて、ガシャガシャと音を立てて地面に落ちていく。


「何コレ怖ッ!!助かったけど怖ッ!!」

「アンタにもメタリカしてやろうか?」

「丁重にお断りします俺死んじゃう!!」

「今ならグレイトフル・デッドでもれなく老化もさせてやるぜ」

「ブルータスお前もかぁああああああああ!!」


ネエロと兄貴が俺を殺しにかかってるよ敵は身内とか笑えねぇえええええええ!!
けど助かったのは確かだ。もがき、疲労し始めているルナルガとの距離を詰めて、一気にラッシュをかける。最後に思いっきり盾で頭をブン殴ったら、ルナルガは弱々しい鳴き声を残して、地に伏した。


「なんとか討伐できたかー……ネエロ、ありがと!助かったよー」

「何故避けなかった?飛びかかられたら無事で済まない事くらい、アンタが一番わかっているだろう」

「あー、そうなんだけどね……下手に避けると逆に追いつめられたりするからさ。あの場合、下手に避ければそのまま連続攻撃を喰らって死んでたと思う」


人間相手ならそうじゃないんだろうけど、ね。
その言葉は飲み込んでおいた。言ったって仕方のないことだ。そう、仕方のない……。
さあて、亡骸の処理を、と思ったら、ルナルガの亡骸はいつの間にか、たくさんの草花に囲まれて、それとはわからなくなっていた。


「え、何コレ」

「僕のゴールド・エクスペリエンスの能力ですよ。依頼したのは僕ですから、少しくらい手伝わないと」

「マジか超助かる。地味ーに大タル爆弾の消費って痛手だったんだよ。……んで、ブチャはどうかしたの、考え込んで」

「いや、どういう原理で姿を消していたのかと思ってな……」


ああ、なるほど。俺達ハンターには常識でも、こっちじゃあそうなわけないもんな。
知っているのか、と急に問われて、ああうん、と情けない返事を返した。


「月白色の体毛で月光を屈折させつつ、夜霧に身体を紛れ込ませることで消えるんだよ。"霧隠れ"とか、"ステルス状態"って俺達は言ってる。ルナルガだけが持つ能力だよ」

「るなるが?」

「月迅竜・ナルガクルガ希少種。月の女神にルナっているしょ?それをくっつけてルナルガ。まあどうでもいいんだけどねー」


それよりも、あんなにあっさりと切れた尻尾の方が気になる。
武器の切れ味は確かに悪くない。だが、基本的に肉質の硬い希少種の部位破壊を、ああもあっさり出来るのは、どうも腑に落ちない。
胸中でうんうん唸ってたけど、その思考はジョルノの声でぶち切られた。


「ありがとうございます、アルバ。流石、父さんの認めたハンターです」

「ありがと。でも、俺より凄い奴だっているよ」


俺の目の前とかに、ね。





井の中の蛙という言葉。
(俺は強くなんかないさ)



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