見下げた世界はとても大きくて。




「さあて、一狩り行きますか!」


そう言って海へと向かうアルバは、蒼色のデカい何かを担いでいた。いつからだ。いつから、そんなものを持っていた?
それにさっき、アルバは、徐倫の背後の"人"と言っていた。だが、徐倫の背後に、人は誰もいなかった。いたのは徐倫のスタンド、ストーン・フリーだけ。ならば、アルバにはスタンドが見えているということになる。イコール、アルバもスタンド使い、もしくはその可能性があるということだ。


「ねえ父さん、さっき、アルバは……」

「ああ。お前のストーン・フリーが見えてたようだ。つまり、」

「そういうこと、ってわけッスね」


俺達がそんな会話をしているとは知らないのだろう、海岸にいるアルバは、海に何かを投げ入れた。さすがにこの距離じゃあ、何なのかは分からない。


「アルバ!あぶねーから戻ってこい!!」

「ダーイジョーブだって!それよりも、そっちに吹っ飛ばすから気ィつけてねー!!」


ジジィの声に、アルバは負けず劣らずのデケえ声で返していた。うるせえ。
アルバは何かを引いているようだった。踏ん張っているのがわかる。それが少しの間続いていたが、どうやら決着がついたらしい。


「上手に釣れましたァーッ!!」


力任せに引かれた《それ》は、俺の理解を超えていた。
たしかにそれは、魚のような姿をしている。だが、無駄に長い二本の脚が、その体から生えていた。
なにより、目を引くのは、美しい色の翼だった。鳥のように羽毛が生えているわけではない。どちらかといえば、コウモリに近いような、翼。
俺だけではない。そこにいるアルバ以外の全員が、呆気にとられていた。


「あー、やっぱりガノトトスだったかー。亜空間の覇者ですね分かります!取り合えず、大タルGで爆破爆破っと」

「アルバ!危ないよ、僕も―――」

「はいはい、大丈夫だからジョナ達はおとなしくしててね!こーゆーのはプロに任せておきなさいな!」


ニッ、と笑って、アルバはその生き物に近づいていく。どこから出したのかはわからねえが、人の背丈ほどもあるタルを生き物の至近距離に置くと、そそくさと離れた。


「いらっしゃいませェー!!」


投げた何かが当たったのか、轟音とともに、そのタルが爆発した。どうやら、爆弾だったらしい。聞きなれない鳴き声が、辺り一面に反響する。
もうもうと上がる煙のニオイ、それから炎の熱さ。ひどく、現実味がない。だからこそ、現実なのだと知った。


「なっ、なんなんスかこれェーッ?!」

「水竜・ガノトトス。魚竜種っていう種類のモンスターでね、水中でも陸上でもダイジョーブなハイスペックだよ、っと!」


ガノトトス。アルバはそう呼んだ生き物に近づくと、もがくそいつに、背負っていた何かを叩きつけた。鈍器でいいらしい。……だが、そのエレキギターみたいな音はなんなんだ。うるせえ。
アルバは暫く、そいつの相手をしていた。だが、考えられないくらい、一方的だった。攻撃を避け、わずかな隙をついて攻撃。その繰り返し。見た目には地味で簡単そうだが、やれといわれたらできないだろう。


「んじゃ、そろそろオネンネしてもらいますかねー」


大きく振りあげた鈍器を、つっこんでくる生き物の頭に叩きつけた。苦しそうなうめき声をあげて、生き物は力なく横たわる。少しの間動いていたが、はた、とその動きが止んだ。死んだ、ということなのだろう。


「はぁい、討伐完了、っと。んー、ガノスにしちゃあ小さいなあ」

「え、……小さいの?この大きさで?」


徐倫の言葉に、アルバは首を縦に振った。どう見積もったって、15mはあるだろう。それを、小さいだと?
アルバは刃物をその亡骸に突き立てながら、こともなさげに言葉を紡ぐ。


「ガノトトスは20m前後が平均だからねえ。最小、とはいかないけど小さめだね。その割には安定と安心の亜空間タックルでしたありがとうございます……!!」

「何がありがとうなんスか」


呆れ返っている仗助のツッコミに、アルバは苦笑い。ごめんね通常運転なんだ!と、訳の分からないことを言っている。
アルバはゆっくりとした動作で、俺達の方へと向かってくる。とりあえず何かあったときの為に、とスタープラチナを発現させれば、アルバの足が止まった。


「ね、さっきから聞こうと思ってたんだけど。承りとジョースケと徐倫ちゃんの後ろにいる人さあ、"なに"?人の形してるけど、人には見えないんだよね。だからといってモンスターの類でもない」


じい、と俺達を見据えるアルバの眼は、全く笑っていない。警戒しているような、見極めているような、鋭い眼。
空気が、痛いくらいに凍っていく。


「ねえ、それは……"なあに"?」


にこり、と笑ったアルバの醸し出す雰囲気は、ひどく冷えきっていた。









空気を滞らせながら鎮座する沈黙に、内心で苦笑い。うーん、やっぱり聞かない方がよかったかなー。いやでも、もし意志があるんだとしたら、気をつけろくらいは言っておかないとさあ、うん。誰に言い訳してるのかって?俺自身だよ!
内心そんなことを考えながら、言葉を待つ。俺さあ、こういう雰囲気苦手なんだよ。真面目なのには耐えられません。


「……てめえも持ってるんじゃねえのか?この"能力"を」

「質問返しですかい承り。まあいいや。仮にあったとしても、"人の形はしてない"んじゃない?」


にっこりと笑ってみせれば、承りは顔をしかめた。わあお、しかめてもイケメンってどういうことですか羨ましいぞコノヤロー。
ここままじゃ埒があかないや、と、アイテムポーチから鱗を取り出す。美しい銀色のそれを見て、承りが僅かに身構えた。


「ダイジョーブ、これを人間に向けるのは御法度だし、俺のプライドが許さないから。―――《輝剣リオレウス》!」


鱗が形を変えて、大きくなっていく。次の瞬間、俺の手にあったのは、身の丈ほどもある大剣。分かりやすいから大剣にしちゃったけど、俺大剣は殆ど使わないんだよなあ。狩猟笛が楽しいよ!かりかりぴーかりかりぴー。
驚いてる承り達に向き直って、にっこりと笑ってみせた。


「承りが言ってるのはこの力でオケ?俺にもよく分からないんだけどねえ、モンスターの素材から、その素材によって作られる武器を呼び出せるんだよ。……んで、承り達の後ろにいる人達も、これと同じモノ―――ってカンジ?」

「……やれやれだぜ。カマをかけたってのか?」

「いんや、全く。推測よ推測。あとは度胸ですテヘペロ」

「そのノリうざい」

「徐倫ちゃん辛辣!!」


どうしよう俺の心折りにかかってるんだけど。何これどんな心折設計?
でもまあ、警戒はそれなりに解けたようで何よりです。んで、俺は何時になったらジョースケから情報を聞けるのさ。




見下げた世界はとても大きくて。
(だからこそ、狭いこの世界)



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