己の認識の狭さに驚く。





―――微睡みの中で、懐かしい、夢を見た。

俺が村付きのハンターで、渓流や孤島、火山なんかを回ってた頃の記憶だ。
あのころはなにも知らなくて、ただひたすら、狩り場を駆け回って狩猟をしてた。

いつから、こんなことになったんだったか。

そんなの、ハッキリしてる。理由も、原因も、すべてがハッキリしてる。だって、俺が自ら、それを壊したんだから。
後悔はない。けど、寂しいのもまた、事実だった。









「アルバ!目が覚めたかい?」

「…………うぉああああぁぁあああ?!じょっ、じょ、ジョナァッ?!」

「え、ああ、ゴメン、ちょっと近すぎたね」


そう言ってジョナは苦笑いしながら、近づけていた顔を引いた。俺のチキンハートは今にも口から出そうですバックバクだよ。パーソナルスペースって知ってるかいジョナ。
なんと息を整えて、軽く体を動かしてみる。うん、問題なし。これなら狩りに出ても問題ないくらいだ。……"能力"の反動か、感覚が鈍く感じるけど、それくらいならすぐ治る。
立ち上がって、大きく伸びを。うーん、若干バキバキ感あるけど、まあ大丈夫だろう。それよりも腹減ったなあ。てーか、俺どれくらい寝てたんだろう?
それを問うより先に、ジョナは俺の腕を掴んで、何か食べなきゃ、と笑って足を進めた。エスパーですかそうですか。

連れて行かれた先は、ここにきた次の日、ジョースケが料理を作っていた所の横の部屋。えーと、りびんぐ?だっけ。ジョセも承りも、ジョースケも、徐倫ちゃんもいて、ちょっとビクっとしたのはナイショね。ガタイ良いし威圧感半端ないんだもん……。怖いよこの一家。
ガクブルする俺には気づいてないのか、ジョナは俺の前に料理を置いた。白い湯気が立ってる……お粥?で、良いのかなコレ。俺料理とか詳しくないんだよねえ、基本的に野宿だし、マトモな料理はキッチンアイルーに作ってもらうもんなあ。
そんなことを考えてて、俺が料理を食べないのを遠慮と取ったのか、徐倫ちゃんが私達はもう済んでるから、と促してくれた。ありがとうございまーす有り難くー。


「じゃ、イタダキマス」


両手をあわせてそう言ったら、承りとジョースケがきょとんとしていた。料理を口に運びつつジッとそっちを見てたら、その習慣知ってたんスね、とジョースケに言われる。


「その習慣……?俺が勝手にしてるお祈りみたいなモンなんだけど」

「こっちは習慣としてある。たしか、食物や動物の命を頂く、って意味だぜ」

「へーぇ……」


承りの言葉を聞きつつ、口に運ぶ手は止めない。温かい料理ウマウマ。良い感じにお腹にたまってくれてるし。
料理を食べきって、出してもらったお茶を飲んで一息。ふはー、やっぱり食事って大事だよねえ。


「なァ、アルバ」


ジョセに話しかけられて、視線だけをそっちに向けた。いつも笑っててムードメーカーなジョセが、ものすごく真面目な顔をしている。わあ、レアじゃんレア。
それを茶化そうとして、他の四人も真面目な顔をしてるのに気づいてやめた。俺も少しくらい空気読めないとね。


「なーに?」

「アンタのあの能力は、…………何なんだ?」


苦々しく言葉を紡いだジョセの声は低く、警戒が滲んでいた。ぴりぴりとした緊張感を、肌で感じる。それは、狩りのときに感じるものとは違う。けど、ギルドの連中と対峙したときとも違う。私利私欲にまみれたものじゃあないけど、モンスターのように澄み切ったものでもない。ああ、コレが"誇り"ってやつなのか。
口に付けたままだった湯呑みを静かにテーブルに置いて、姿勢を正す。さあ、俺も腹を括ろうか。


「そうだね。ジョセ達には知る権利がある。…………それじゃあ、少し、昔話をしよう」









―――想像もつかないくらい遙か昔、古代の文明は、今とは比べ物にならない程に発展していた。
《造竜技術》もそのひとつ。機械技術と生物学を応用して、新たな命を作り出すという、素晴らしくも恐ろしい禁忌の技術だった。

零から物は生み出せない。機械技術と素材を用い、新しい命を創造する、つまり、新しい命を造るために別の命を糧としていた。
イコール・ドラゴン・ウェポン、通称《竜機兵》。造竜技術で造られていたのは、そう呼ばれる生体兵器だった。
一体の竜機兵を造るには、龍三十体余りを必要とした。たった一つの命のために何十倍もの犠牲を払い、挙句、造られた竜機兵で、更に龍を乱獲した。自ら自然の一員であるにも関わらず、その摂理を忘れ去って。

そしてそれが、龍達の逆鱗に触れた。彼らは群を率いて、とうとう人類に牙を剥いた。滅亡させようと襲いかかった。
人類も黙ってやられるわけにはいかない。文明の力と技術をもって、龍達に反撃した。それはやがて、互いの存亡をかけた竜大戦へと発展する。

……最終的に、互いが滅亡寸前まで追い込まれ、竜大戦は終結する。この大戦が原因で、古代文明は滅んだとされる。そして、造竜技術も、共に歴史の闇へと沈んでいった。









長い前置きだ、自分でもそう思う。けど、ここから説明しなきゃ意味がない。案の定、ジョナ達は何が言いたいんだと問いたげな視線を寄越していた。
それを無視しつつ、ねえ、と、全員に向けて問いかける。


「別の竜の尻尾をつけられた竜は、竜と呼べると思う?」

「……何が言いてェんだ、てめー」


承りが低く問いつつ、俺を睨んだ。聞いてるのは俺なのにね。眉間にしわが寄ってるのは、話が胸くそ悪かったんだろーか。サーセン。
でも、その質問に答える気はない。だって、問うてるのは俺だしね。痛い視線を感じつつ、そのまま続きを紡ぐ。


「全身に角を生やされた竜は?」

「アルバ、それってどういう―――」

「手足をもぎ取られて、代わりに刃を付けられた竜は?鱗という鱗をはぎ取られて、鋼の鎧を纏った竜は?脳すらも機械にされた竜は?―――……ねえ、それは竜と呼べるのかな。生き物とすら言えるのかな」


それが、竜機兵なんだ。
俺の声は、自分でもびっくりするくらい冷めきっていた。ああ、俺も大概薄情なんだな。別にいいけど。
ジョナ達は絶句して固まっている。そりゃあそうだろう、想像を軽く超える、それこそ夢物語のような話だ。俺だって、自分が関係してなきゃそうなるだろう。
その事実に自嘲しつつ、言葉を続ける。


「自然を冒涜した人間は、それでも自然を超越することが出来なかった」

「でも、それと何の関係があるんスか」

「それにも関わらず、ギルドが再び禁忌に足を踏み入れたんだ」


俺の言葉に、聞いてきたジョースケが息を飲んだ。やばいやばい、俺が睨んでたかもしれない。ごめんよジョースケ。でもね、俺も思い出すと胸くそ悪いんだよね。


「そのギルドって集団が、また、竜を……竜機兵を、造ったって言うの?」

「造ったかどうか、までは分からない。でも、それに相当する竜は、居たんだ」


徐倫ちゃんの質問に答えると同時に、ハンターノートにあるモンスターリストを開く。情報が整然と並んでるその中で唯一の、殴り書きの字とお世辞にも上手いとはいえない絵のページを見せた。
そこに描かれているのは、黒い龍。不自然に逆立ったようなフォルムの、モンスター。


「煌黒龍・アルバトリオン。神をも恐れさせる最強の古龍と言われる、伝説的な存在だよ。全身を逆鱗で覆い、火・雷・氷・龍の四種類の属性を持つ―――自然界からかけ離れすぎてるんだ」

「……伝説なんじゃねーの?ムジュンしてね?」

「違ったんだよねえ、それが」


本当、伝説は伝説でいてくれたら良かったのに。憧れが憧れのままであればいいように。
矛盾してると言ったジョセは、納得がいっていないようで唇を突き出していた。大の男がそれをやっても可愛いとは言いがたいと思うよ。寧ろちょっと引―――ダメだ、俺人のこと言えないわ。やめとこう。
ふと顔を向ければ、いつも以上に不機嫌な顔をしてる承りが、ハンターノートのアルバトリオンの絵を指し示していた。


「進化した、とは考えねえのか」

「考えたよ。でも、進化っていうのはね。天敵から身を守るためだったり、周囲の自然環境から影響されて、長い年月をかけて自然に能力を身につけることだ。生息地である"神域"には、アルバトリオンしかいないのに、自分で制御出来ない程の属性を身につけるとは考えにくい。……そもそも、鱗ってのが空気や水の抵抗を抑えるために頭から尻尾に向けて生えるんだよ。全部が逆鱗だなんて、生物の基本からも逸脱してる」


ジョセとは違って、承りは納得したようだった。けど、その眉間の皺は深くなるばかり。俺にはどうしようもできないんだけどね。
言葉がないことをいいことに、俺は言葉を続ける。


「…………で、そのアルバトリオンの討伐が、俺に命じられた訳なんだけど。その課程で、理解しちゃったんだよ。アルバトリオンは竜機兵の生き残りで、ギルドが造竜技術を再興させようとしてるんだ、って」


それが真実であるかどうかは、分からない。でも、説明しがたい確信が、俺の中にはあった。どうしても、それが消せなかった。無視できなかった。


「だから、ギルドを裏切った。能力は、その課程でいつの間にか身に付いたんだよ。《モンスターの生態を、自分に宿す能力》……俺は、アルバトリオンがくれたのかなって思ってる。あるいは、呪いかもね」


こぼれた笑いは、自嘲。これが俺の罪であり罰というのなら、誰が俺を裁くのだろう。アルバトリオンか、それとも―――龍の祖といわれるミラルーツか。間違っても、人は俺を裁けない。だってこれは、人が犯した禁忌だ。俺が俺自身を罰することが出来ないのと同じで、人は俺を裁けないし、俺は人を裁けない。それを勘違いしているギルドとは、おそらく、ずっと相入れることはないだろう。


「俺はもう、戻れない。人でありながら人としては生きられない。竜にもなれない。俺はね、文字通り《化け物のような狩人(モンスターハンター)》なんだよ」


それを悔いてはいない。俺にはまだ誇りがある。確かでちっぽけな、ハンターとしての誇りが。
ジョナ達は誰一人として、言葉を発さなかった。反応に困ってるんだろう。ああ、悪いことしちゃったな。どうしようかなあ、と思いつつ、湯呑みの中のお茶を飲み干した。思ったより、喉が乾いていたらしい。
こつ、こつ、と聞こえる音は、一定間隔で同じ音を刻んでいる。たぶん時計だろう。


「ねえ、アルバ」


あんまりに沈黙が続くから、俺から何か言った方がいいのかなあ、とか思ってたら、ジョナがその重い口を開いた。
ゆるゆるとそちらに視線を向ける。畏怖や嫌悪の視線を覚悟してたけど、そんなことは全然なくて、だからといって哀れみや慰めでもなかった。ただただ、穏やかで、誇り高い眼をしてた。それに、息を飲む。


「僕にはアルバが正しいかどうか分からないけど、君は誇りを持って、君の道を行っているだけじゃあないか。相入れないのはとても辛いだろうけど、君が君自身を蔑むのはいけない。違うかい?」


―――君は、君でしかないのに。
ジョナの言葉は、俺がほしかったものだったのかもしれない。化け物、《ヴォーダン》、裏切り者、そう言われ続けて、俺は、俺自身がそうだと、諦めて、いた?
ジョナだけじゃなく、ジョセも、承りも、ジョースケも、徐倫ちゃんも、まっすぐ俺を見据えている。誇り高き眼だ。黄金に輝く魂を持った、とても強い一族の。


「…………うん、そうだね。その通りだ。最初っからそうだったのに、何で忘れてたんだろうねえ。俺は俺のために、ハンターやってるんだった」

「忘れてたァ?アンタ、散々傍若無人だったじゃあないスか」

「ジョースケからのツッコミとかまさかすぎるッ!!」

「全員思ってるわよ」

「徐倫ちゃんは俺にトドメを刺したいの?!」


半泣きになりながら言えば、帽子の鍔を下げながら、やれやれだぜ、と承りが呟いた。俺が言いたいんだけど、それ!
便乗してからかい出すジョセに応戦してたら、ジョナが楽しそうに微笑んでいた。こーゆーのを、幸せっていうんだろうか。
……ああ、俺は今、幸せだ。





己の認識の狭さに驚く。
(広くて、狭くて、優しくて、理不尽で)



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