あまりの広さに心が怯えた。 ―――アルバの間抜けな声は、銃声にかき消された。 複数の小さな鉛玉はアルバの身体を貫通して、鮮やかな赤をまき散らす。 何もしていないのに、スローモーションに見える世界。ゆらり、とアルバの身体はぶれて、前に倒れていく。 「アルバッ!!」 兄貴の声が響いた。アルバの身体は、重力に従って地面に倒れる。傷口から溢れだした血が、ひどく目に付いた。 アルバの背後には、銃を構えた人間が十数人並んでいた。羽飾りのついた帽子、マントのような上衣、膝丈のブーツ。一見すれば時代錯誤もいいところだと思うそれも、所々に見え隠れする鎧の一部のような金属に、それだけじゃないということがわかる。 その中で、一人だけ色の違うものを来た奴が、銃を構えたまま、一歩、二歩と、前に出てきた。 「どんなに化物を狩れようが、結局は人間だな。何をそんなに警戒しなきゃあならないんだ?」 「……アンタ、誰です?」 ジョルノが低く問いかけると、男はバカにするように鼻で笑った。ジョルノや兄貴の後ろで、仗助に手当をされているアルバを指さした。 「我々が誰であろうと関係ない。我々はその男を抹消するようにと命を受けている。無関係の人間を巻き込む気はない……どいてもらおうか」 抹消。その言葉に、俺を含めて全員が身構えた。スタンドも波紋も持たないスピードワゴンを下がらせて、いつでも動けるようにと警戒する。 男は渋い顔をしたが、銃を下ろし、俺たちをじっと見据える。ジジィが珍しくまじめな顔で、その男をにらみ返した。 「命令だか何だか知らねーが、人を抹消するなんて物騒すぎるんじゃあねーのォ?」 「その男は我々と同じ"ギルドナイト"であったのにも関わらず、ひとつのギルドを潰したのだ。故に、その男は生かしておけない。ハンターとしては類稀なる腕を持っているというのに……実に惜しいことだ」 「全然そんな顔には見えねーっすけど」 アルバの手当を終えた仗助が、低い声で言い返す。アルバは、まだ、起きてない。 男の言葉には、わからない単語がいつくかあった。内容から察するに、アルバは、何かの集まりか、集落か―――それを潰したのだろう。普通に考えれば、それは罪だ。 だが、この男がなんの理由もなしに、そんなことをするとは思えない。どんなにふざけていても、アルバはハンターであることに誇りを持っていた。異常とさえ思えるくらいに、執着していた。わざわざそれを捨てる理由になることをするとは思えない。 いつも穏やかな兄貴が、鋭く男達を睨む。 「帰ってくれないかい。アルバは僕達の友人だ、彼をみすみす殺させるわけにはいかない」 「どんなにふざけてる奴だからって、私はアルバに命を救われたの」 「聞けねえってんなら、相手になるぜ」 奴らに見えてるかはわからないが、それぞれがスタンドを発現させて対峙する。男は小さく息を吐くと、銃を俺達に向けた。倣って、後ろの奴らも銃を構える。……邪魔をするなら、ってことらしいな。 じりじりとした緊張感が、肌を刺す。動いたのは、男達だった。 「撃てェいッ!!」 複数の発砲音が反響する。銃口の向きもわかっているなら、避けることは難しくない―――そう考えた瞬間、黒い影が俺達の前に躍り出た。 ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!! それが何かを認識するより先に、凄まじい咆哮に耳を塞いだ。地面を見ると、弾丸が転がっている。……まさか、今の咆哮で落下した、のか? その光景を見てか、男達が焦りの表情を浮かべる。いや、焦りだけじゃあない、畏怖もだ。その視線の先は、俺達の前に躍り出た、アルバの姿。 「き、……貴様ァッ!!この化物め!!」 「なんとでも言えば?……本当ギルドはクソッタレの集まりだよねェ。俺を殺すってんなら俺だけをねらえばいーのにさー。わざわざモンスターけしかけて?ジョナ達巻き込んで?挙げ句邪魔だから殺すゥ?それで正義を掲げてんだから世も末だよ、あっはははははははははは!」 壊れたようにアルバが笑う。俺達は、動けない。 アルバは男達などいないかのように、俺達の方を振り返った。いつも浮かべてたへらへらした笑みをしながら、眼は、憤怒と悲哀しか映っていなかった。 「ありがとね、そんでゴメンねー。俺が片づけるからさ、ちょーっと待ってて?」 「おい貴様、今何をした?あの咆哮は、貴様の喉が発したのか?」 「今更質問責めですかいゲオ。まあ、そうっちゃそうかな?そうじゃないとも言えるし……あ、そうそう、スタンド!それみたいな認識でオケよー」 へらっ、と笑うアルバの眼は、どこか爬虫類を思わせた。狩りのときに見せていたものとは違う、理性のない剥き出しの本能を表したような鋭さ。 男達が、再び銃を構えた。アルバは笑ったまま、動こうとさえしない。 軽い発砲音が連なり響く。だが、それは即座に、さっきと同じ咆哮にたたき落とされる。それは言っていたとおり、アルバの喉から発せられていた。人間の声を超越している、なんてモンじゃあない。本当に生き物の鳴き声なのかと疑いたくなるレベルの咆哮。 「ちょっ、アルバ、それなんなんスかァ?!」 「それがその男の化け物である所以だ!"ヴォーダン"!貴様を抹消するッ!!」 仗助の言葉に答えたのは、半狂乱になりながら叫ぶ男だった。それもそのはずだろう、俺も、兄貴も、あのDIOでさえ、アルバの姿を見て絶句していた。 手の大きさにそぐわない爪。耳まで裂けた口から覗く、無数の鋭利な牙。力強く地面を叩く尻尾。肌を覆う鱗。人間のものとは明らかに違う、縦長の瞳孔。 まるで恐竜と人間の中間のような生物になったアルバが、そこに佇んでいた。 「ディエゴのスケアリー・モンスターズ……?!」 「そんな訳があるか!ディエゴと顔を合わせたのは、何日も前だ!此処にいるわけでもない!」 「ディオ、ジョルノ!話は後にしよう、一旦離れないと!」 兄貴がそういうと、DIOとジョルノは踵を返した。 アルバは気にしていないのか、それとも、言葉を理解できていないのか―――俺達の方には全く興味を示さず、牙を剥き、爪を立てて、咆哮と共に男達に飛びかかった。 鋭利な爪はやすやすと肉を断ち、骨をも砕く。男達の銃撃に怯む様子もなく、一方的に攻撃を繰り返す。まるで横綱相撲だ。 「くっ……!!もう少し耐えろッ!!アレがティガレックスと同じ生態ならば、疲労させれば一気に弱体化する!」 「おっ、だーいせーいかーい!……でも、アンタ等より腕の立つ俺が、その程度のことを失念すると思う?」 男の言葉に、人間のシルエットに戻ったアルバがにたりと笑う。バックステップで距離をとると、ぐっと身体を屈めた。 「《無双の狩人》、雷狼竜・ジンオウガ!!」 叫ぶと同時に、アルバの身体が人のものから変わっていく。さっきの状態とは、また違うもの。 美しい蒼い鱗。白銀に輝く毛。手を覆う甲殻。稲妻のような形をした黒く大きな爪。前を向いた二本の角。 男達の顔色が、さらに悪くなる。アルバはそれを横目に、うなり声にも似た声で鳴きながら、その背に雷を纏い始めた。 「ッ"ヴォーダン"は後にしろ!!その男女を殺していけば、気が変わるだろう!!」 「フン、貴様ら如きがこのDIOを殺すと?無駄無駄ァッ!」 DIOの言葉が引き金になった。それぞれがスタンドを、或いは波紋を駆使し、男達に向かっていく。武器を持っているからといっても、スタンドにはかなわない。男達は、ジリジリと後退していく。 ―――その、瞬間だった。 がおおおおおおおおおおおおおおっ!! さっきのとはまた違う咆哮と共に、今度は蒼い雷が落ちてきた。それは無差別なのか、男達にも、俺達にも向かって落ちてくる。落雷の轟音と火花が、肌を刺した。 気がつけば、相手はリーダーであっただろう男だけになっていた。 「"ヴォーダン"!!貴様ァ……ッ!!それこそが冒涜だと、何故気づかないッ!!貴様ほどのハンターが!!何故だッ!!」 「……………………冒涜だってなんだっていいよ。ギルドナイトのおにーさん、俺はね、俺が一番大事なんだ。だから、俺はね。俺のために、おにーさんを殺すことにするよ」 その声色は、まるで子供に言い聞かせているように穏やかで、どこまでも無機質で、そして無感情だった。アルバの表情は、飛び散った血で見えない。 男の身体が、地に倒れる。アルバはそれを冷たく見下ろしたまま、持っていたナイフを無造作に投げ捨てた。 それから、……ゆっくりと、力なく、地面に倒れ込んだ。 あまりの広さに心が怯えた。 (どうか、どうか、ねがいをきいて) 130912 |