叶った瞬間、望みは膨れ上がり。






「《ぐるりよざ》―――Act.3!"ジョナサン・ジョースター"!!」


亡者達との距離を詰めながら、ジョジョを呼ぶ。
迂闊だった。昼間なら大丈夫かと思っていたけど、アイツらは日光がなければ動けるわけだ。特に、今日みたいな―――今にも雨が降り出しそうな、鉛色の曇り空なら。
身体の感覚が離れていく中、ちらりと背後を気にする。仗助君はしっかりついてきてる。あとの三人の姿は、取り合えず見えない。


「仗助、僕からあまり離れないでね」

「りょ、了解ッス!えーと、アンタは……トキワさんじゃないんスよね?」

「うん。僕は―――ごめん、後にしよう!先に倒してしまわないとッ!」


ジョジョの言葉に、仗助君は困惑しつつも頷いた。素直なことは良いことだ。少なくとも、承なら苦い顔をして、何を言ってやがる、とでも言うだろう。
向かってくる亡者に波紋を叩き込みながらも、ジョジョは足を止めない。人がなるべく少なくて、広いところを探しているんだろう。背後の仗助君も、スタンドを発現させて応戦している。


『ジョジョ、この辺でいいよ。それなりに広いし、人も少ない。あんまり奥まで行くと、花京院がここを見つけられなくなる』

「わかった。トキワ、少し身体を痛めるかもしれないけど、……大丈夫かい?」

『勿論、問題ないわ。お願いね、ジョジョ』


ジョジョは小さくうなずくと、自然な動作で拳を構えた。向かってくる亡者に向かって、波紋を叩き込む。耳障りなうめき声を上げながら身体を四散させていく亡者達に、それを生み出したであろうあの男に、酷く吐き気がした。


「うわッ、とォ〜……危ねぇだろォが!!」


バランスを崩しながらも、仗助君は亡者を圧倒していた。だが、多少なりと小さな怪我は負っているらしい。ジョジョにそれを伝えれば、彼は少し苦い顔をして、それから、強い眼で前を見据えた。


「仗助!僕の後ろに来てくれ、一掃する!」

「へ?出来るんスか?」

「分からないけど、やるしかないんだ!」


ジョジョの強い口調に、仗助君は戸惑いながらも後ろに移動する。それを確認してから、ジョジョは両の拳に力を入れた。ばちり、と音を立てて、練られる波紋。


「震えるぞハート!燃え尽きるほどヒート!刻むぞ血液のビート!《山吹色の波紋疾走》ッ!!」


波紋を帯びた両の拳で、ジョジョは亡者にラッシュをたたき込む。耳障りな断末魔を上げながら、灰へと変わる亡者達。本来あるべき輪廻に戻れるというのに、どうして、そんな怖い顔をするのだろう。私には理解できない。
ジョジョの背後に視線を向けると、仗助君は何ともいえない表情を浮かべていた。いくら人間じゃあないと分かっていても、人と同じ姿をしたものが灰となって消えていく様を見るのが複雑なんだろう。
ジョジョはしばらく周囲を警戒していたけど、亡者の姿が無いことを取りあえず確認すると、穏やかな笑みを浮かべて、仗助君を振り返った。


「ごめんよ仗助、びっくりさせて」

「え、いや、大丈夫っす!えーと、それで……アンタ、誰っすか?」

「そうだったね、僕は―――」


言葉は途中で途切れてしまった。仗助君の背後から、見知った姿がひとつ、ふたつ……。
てっきり承と花京院かな、と思ったが、その予測は外れた。さっきトラサルディーで分かれた、康一君と億泰君、岸辺さんの姿だった。……追いかけてきたんだ。亡者を倒した後で良かった。ジョジョが少し困ったように笑ってたから、別に大丈夫だよ、と小さく伝えておく。


「仗助君、トキワさん!大丈夫ですか?!」

「俺は大丈夫だぜ。それより、トキワさんが来るなって言ったのに何で来てんだよォー」

「僕がこんな面白いことを見ないわけがないだろう」

「俺は康一について来ただけだからよぉ〜」


億泰君、それは自信満々で言うことでもないと思うな。
ジョジョもそう思ったのか、若干苦笑いを浮かべている。仗助、とジョジョが仗助君を呼ぶと、康一君や岸辺さんが怪訝な顔をしてこちらを見据えた。


「トキワさん、仗助君のこと呼び捨てにしてましたっけ……?」

「心なしか、表情も違うように見えるな。お前、本当に空条トキワか?」

「トキワ、」


ジョジョが答えるより先に、奥から聞きなれた低い声が響いた。承と花京院だ。ジョジョも助け船だと思ったのか、ぱっと表情を明るくする。


「承太郎!助かったよ、僕の説明じゃあわかりづらいだろうし」

「……ジィさんだったのか。トキワはどうした」

「亡者が出たからね、替わってもらったんだ。戻った方がいいかい?」

「いや、構わねえ。説明すりゃあいい話だ」


承が帽子のつばを下げながら、じい、とこちらを見据える。私に何かを言いたいようだけど、まあ、無視させてもらうとしよう。それが分かったのか、承の背後にいる花京院が苦笑いをこぼしていた。
ジョジョはにこにこと笑ったまま、仗助君をまっすぐ見据える。


「初めまして、仗助。僕はジョナサン・ジョースター、君の曾祖父にあたる人間だ」

「…………え、っとォ〜……」

「ジィさん、それじゃあ混乱を招くだけだぜ。先にトキワのスタンドの話をしなきゃあならねえ」


やれやれ、とでも言いたそうな承に、ジョジョは眉を下げて、そうだね、とこぼした。承も本当に言葉が足りない。頭は良いのに、とんだ不器用だ。
承の言葉に納得したのだろう、ジョジョは頷いてから、僕はね、と言葉を紡ぎ出す。


「トキワのスタンドのおかげでここにいるんだ。とっくに死んでいる身だからね」

「トキワさんのスタンド、ですか?」


康一君の言葉に、ジョジョは頷いた。スタンド、という言葉に複雑な表情を見せる仗助君と億泰君はまあいいとして……ヘブンズ・ドアーを発現させている岸辺さん、お願いだから勘弁してください。
岸辺さんに気づいているのかいないのか、ジョジョは言葉を続ける。


「トキワのスタンドはね、"契約したスタンド"を、自分のスタンドとして使える能力だ。そこから派生して、"自分と繋がりの深い人間の精神"―――この場合、霊魂だと考えていいんじゃないかな。それをつなぎ止めることができるんだよ。僕は今、トキワの身体を借りている状態なんだ」


……正確には違うけど、面倒だしまあいいか。嘘をついているわけじゃあないし。
岸辺さんと康一君はそれなりに理解してくれたようだったけど、仗助君と億泰君はぽかんとするばかり。ジョジョの説明も分かりやすいとは言いがたいけど、理解できないほど分かりにくいわけでもない。運が悪かったというか、何というか。
仕方がないから、ジョジョに代わって、と言うと、ジョジョは小さく頷いて目を閉じた。それと同時に戻ってくる、肉体のずしりとした感覚。すう、と眼を開けると、エメラルドグリーンのじとりとした視線とかち合った。


「…………なに?」

「相変わらずいい性格してるなと思っただけだぜ」

「褒め言葉をありがとう。ごめんなさい仗助君、驚いたでしょう」

「え、あ、いや、大丈夫っスよ!」


急に話を振られたためか、仗助君は若干驚きつつも返事をしてくれた。何だか申し訳ないな、混乱させてしまっている。というか、承以外はみんなそうだろう。


「あの、さっきの……ジョナサン・ジョースター、って人は……」

「ああ、トラサルディーで説明できなかったものね。お呼びよ、ジョジョ」

『もちろん、聞こえてるよ』


意識をしていなければ聞こえないような、透き通った声。実際、スタンドを持たない人間には聞こえないわけなのだけど。
ジョジョは私の横に、音もなく現れた。承と同じくらいの長身、ガタイのいい身体。紺にも見える黒髪。美しいエメラルドグリーンの瞳。けど、それらはすべて半分透けていて、奥の景色を見ることができた。
仗助君だけじゃなく、康一君達もギョッとしている。それもそうか、"幽霊"を体現したような存在が、目の前にいるのだから。


『改めて―――僕はジョナサン・ジョースター。仗助の曾祖父になるね。まさか百年以上たって、自分の曾孫に会えるとは思ってなかったよ』

「百年以上?」

『うん。僕が生まれたのは1868年のイギリスだからね。ちなみに没年は1889年かな』


岸辺さんの言葉に律儀に答える辺り、本当にジョジョはお人好しというか、何というか。……岸辺さんの目が妙にキラキラしてるのは、気づかなかったことにしよう。
それに苦笑いしていると、ぐいと腕を引かれた。そっちを見ると、不機嫌全開の承が、私を睨んでいる。


「その辺にしておけ。おいトキワ、どう思う?」

「……亡者は、完璧にこちらを認識した上で襲ってきてる。だからこそ、今のうちに排除しなきゃ。私達を―――ジョースターの血族だけを狙っているうちに」


一般人まで標的が広がったら、いくら対抗する術があっても、後手に回りかねない。そうなったら、私達だけじゃあ対応できなくなる。それだけは避けたい。例え、自分の命を危険に晒したとしても。


「仗助君、悪いんだけど、暫く身辺には警戒してくれる?私か、承か、或いはジョジョ達か……誰か近くにいるようにはするつもりだけど」

「そこまでしてもらわなくても、自分の身くらい自分で何とか……」

「仗助、大人しく受け入れろ。もうテメェだけじゃあねぇ、周りを巻き込んでるんだからな」


承に言われて、仗助君は渋々頷いた。申し訳ないけど、こればかりは仕方がない。
康一君達にも注意をしながら、同じ轍は踏みたくないなあ、とぼんやり考えた。





叶った瞬間、望みは膨れ上がり。
(どうかお許しを、我らが偉大なる主よ)



130906
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