手に入れたかったのは小さな願い。




『―――こんにちは、仗助君。今、大丈夫?』


何気なしにとった電話、その先の人は、俺の予想を軽々と越えていった。

そんなことがあったのが、数日前。
俺と億泰、康一、それから、露伴がいるのは、イタリアンレストラン・トラサルディーの前だった。なるべく人の少ないところ。スタンドの話をしても平気なところ。なるべく距離の近いところ。その条件が満たせるならどこでも構わない、お金は全額負担する―――そう言ったトキワさんと、待ち合わせるために。
貸切にしてくれ、と頭を下げたとき、シェフのトニオは驚きながらも了承してくれた。


「トキワさん、遅いね。迷ったとか?」

「それはねーんじゃねぇかぁ〜?看板だってあるんだしよぉ」

「……おい仗助、どうしてこの僕まで呼ばれなきゃあならないんだ」


心配そうな康一に、億泰はいつもと同じテンションで答える。俺もそー思う。トキワさんって、そういうことは完璧にこなしそうだし。
そんな中、露伴だけがいつものように、いや、いつもより数割増しで不機嫌になっていた。


「俺だって呼ぶ気なんざねぇっスよ。トキワさんが呼んでくれって言ったから仕方なく―――」

「遅くなってごめんなさい」


俺の言葉を遮るように、凛とした声が響いた。
ばっと振り向くと、会ったときと同じ服装のトキワさんが立っている。全く気づかなかった。


「仗助君、私がどうかした?」

「い、いや、何でもないッス!」

「そう?なら良いんだけど……とりあえず、入りましょう。立ち話も何だしね。あ、お金は私が払うから気にしないで」


トキワさんにそう促されて、ぞろぞろと店内に入る。トニオには言ってあるし、トキワさんにも説明済みだ。スムーズに席に通されて、トニオはてきぱきと俺達の体調をみていく。


「トキワサン、触れても大丈夫デスカ?」

「ごめんなさい、医師から食事の制限をされているので……申し訳ないけれど、私には"普通の"、コーヒーをいれていただける?」

「そういうコトなら、仕方アリマセン。かしこまりマシタ」


トニオと話している間、トキワさんは終始、表情が曇っていた。医者から食事制限されるほど、悪い病気なのか?もしかしたら、俺のクレイジー・ダイヤモンドで、治せるかもしれないのに。


「それで、話ってなんだい?わざわざ僕を呼びだしたんだ、それなりの用件はあるんだろうな」


その思考は、露伴の言葉でぶつ切りになった。俺が口を開くより先に、康一が露伴を睨む。


「露伴先生!そんな言い方、失礼ですよ!」

「いいの、康一君。岸辺さんの言っていることにも一理あるんだから。岸辺さんも、貴重なお時間をありがとうございます。……お話は、私のスタンドと、亡者について」


これで少しは、興味が出るんじゃありませんか?
トキワさんはそう続けた。流石の露伴も、この返しは予想してなかったんだろう。ふん、と小さく鼻を鳴らして、トキワさんから視線を逸らした。
トニオが出してくれた料理を食べながら、トキワさんはぽつりぽつりと話し出す。


「改めて―――私は空条トキワ。承太郎の双子の妹にあたるけど、基本的に兄妹って感じじゃないかな」

「へェ〜、承太郎さんの……承太郎さんと双子ォッ?!マジっスか?!」

「……その割には似てないな」


驚く俺達とは反対に、どこまでも冷静な露伴センセー。その言葉に、トキワさんはよく言われるよ、と笑っていた。あまり似ていない自覚が、少なからずあるんだろう。
そのまま、トキワさんは続ける。


「二卵生でね。そんなことはどうでもよくて、ええと……DIOを倒す旅に同行してたんだけど、ちょっとDIOと交戦したときにやらかしてね。約十年、眠りっぱなしだった。君達に初めて会ったときが、承と会うのも、十年ぶりだった、と。大体良い?」


……今さらっと、ものすげえ事を言わなかったか?十年間眠ってたって。
何も言わない、言えない俺達に、トキワさんは続けるね、と小さくこぼすように言って、コーヒーを一口。トニオのスタンド能力で色々と起こる俺達と違って、トキワさんには何も起きない。当たり前だが。


「で、私のスタンドはこれ―――《ぐるりよざ》」


トキワさんの手に現れたのは、悪く言えば古ぼけた、大きな本だった。厚さは辞書くらいあるだろう。
まじまじとそれを眺める俺達に、トキワさんはどうぞ、と言って、テーブルの上にそれを置いた。
そっと手を伸ばしてみる。触れることは、出来た。


「これってよぉ〜、フツーの人間にも見えんのかァ?」

「いいえ。見えるのも触れられるのも、スタンド使いだけ。頁を開いたり、書き込んだり出来るのは私だけ」


億泰の言葉に、トキワさんは丁寧に受け答える。康一が表紙を開こうとしていたが、トキワさんの言葉の通り、貼り付いているかのようにびくともしない。


「ぱっと見は本、ですよね……何が出来るんですか?」

「折角だから、実演しようか。仗助君、協力してもらってもいい?」

「俺でよければ良いっスよぉ〜」


俺の言葉に、トキワさんはありがとう、と穏やかに紡いだ。康一と億泰に一声かけて、本を手に取る。そして、ぱらり、とページをめくった。目にはいるのは、なにも書いていない真っ白なページ。


「さてと、じゃあ仗助君。君のスタンドは《クレイジー・ダイヤモンド》。能力は"破壊されたものを修復することができる"。……間違いは?」

「ないっス!」


トキワさんは小さく頷くと、本のベルトに付いていた透明の棒を手に取った。それに興味を持ったのか、露伴が身を乗り出す。


「それは硝子か?」

「流石、岸辺さんご名答です。ガラスペンですよ。もちろん、これも私のスタンドの一部ですけど」


ガラスペン……ガラスで作られたペンってことか?
トキワさんはそれを持って、少しの間、くるくると弄んでいたが、柄の部分を握ると、思いっきり振り下ろした。
―――自らの、掌に。


「なッ…………?!」

「トキワさん、何してるんですか!」

「ああごめん、これが条件でね。このガラスペンのインクは私の血。痛みはあるけど、傷はすぐに塞がるから……仗助君、気持ちだけいただいておくよ」

「う、ウィッス……」


傷を治そうと、発現させていたクレイジー・ダイヤモンドをしまう。
若干引き気味の俺達を気にせず、トキワさんは掌からペンを引き抜くと、そのまま、ページにペンを走らせた。
書かれた文字は、俺と、俺のスタンドの名前。


「仗助君。貴方のスタンド、《クレイジー・ダイヤモンド》を、"私に貸してくれる"?」

「へ?別にいいっスけど……そんなこと出来るんすか?」

「できるよ。―――《クレイジー・ダイヤモンド》」


そう言った瞬間、トキワさんの背後に、俺のスタンドであるはずのクレイジー・ダイヤモンドが現れた。イスが倒れるのも構わずに立ち上がる。感覚で分かった。クレイジー・ダイヤモンドは、今、トキワさんのものになっている。


「これが、トキワさんのスタンド能力かァ?!」

「そ。でも落ち着こうか億泰君。私のスタンド自体に戦闘能力がないから、実質この《能力》に頼るしかないんだけどね。それと、もう一つ―――」

『トキワッ!!』


トキワさんの言葉を遮って、見慣れない男が、突然現れた。黒い髪と、エメラルドグリーンの瞳。承太郎さんよりもガタイのいい身体。雰囲気はどこか、承太郎さんやトキワさんに似ている。
だが、その身体は透けていた。うっすらと、奥の景色が見える。
動こうとする俺達を目で制したトキワさんの表情は、何も浮かべていなかった。思わず、息を飲む。


「……アイツらが出たの?"ジョジョ"」

『ここから少し離れたところに!こっちに気付いてる様子はないけど、近くにいることはバレてる!』

「面倒事ばかり起こしてくれるわけ、か。花京院!」


ジョジョ、と呼ばれた男がまくし立てるのを、俺達は聞いていることしかできない。流石の露伴でさえ、口をぽかんと開けたまま、呆然と立ち尽くしていた。
トキワさんの横に、もう一人、特徴的な前髪を持つ男が現れた。緑色の学ランは、どこか古めかしくみえる。


「承のところに行って。射程外だったら、ハイエロファントで引きずり出せばいい!」

『承太郎相手にそんなことをしろって言うのかい?仕方ないな、後で責任とってもらうよ、トキワ』

「くだらない冗談は後にして。殴るよ」


怖いな、と男は笑って、その姿を消した。
トキワさんはトニオを呼ぶと、さっとお金を払ってドアの方へ向かう。ジョジョと呼ばれた男も、その後ろを。
ドアを開けると、トキワさんはわずかに振り返る。表情は、見えない。


「……仗助君、悪いんだけど、貴方は私と来て。康一君、億泰君、岸辺さん、貴方達は戻るのを勧めるわ」

「で、でも……亡者が出たんじゃ、」

「だからこそ、無関係の貴方達は戻るべき。ジョースターの血の宿命に、巻き込まれる必要はない」


強制はしない。自己責任ってやつ。
トキワさんはそれだけ言い捨てると、ドアを開けて外に飛び出した。
慌ててその背中を追う。その後ろ姿は、どこか承太郎さんを彷彿させた。





手に入れたかったのは小さな願い。
(絶望であり、希望である、我らの"精神")



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