欲しかったのは生きるための一言。




杜王町の中を歩く間、私も承も、終始無言で。
近くにいたジョジョやシーザー、花京院までも、気を使ったのかどこかに行ってしまった。まあ、あの三人は幽霊だし、余程霊感の強い人間に会わない限り大丈夫だろう。寧ろ、スタンド使いにばれた方が面倒な気がする。

承についていった先は、大きなホテルだった。良いホテルなんだろう。……まさかとは思うけど、これって費用SPW財団持ちとか……ありえそうで怖い。
私が少し立ち止まっていると、承は私の手首を掴んで、さらに先に進んでいく。部屋に向かっているらしい。

324、とかかれたプレートのドアを開けるや否や、承は手を放した。それから、ぽす、と、私の頭に手を乗せる。……珍しい、承がこんなことするなんて。
かと思えば、ぐしゃぐしゃと撫でるのと同時に、頭そのものを揺さぶられた。


「ちょっと、承……痛いんだけど」

「十年も寝てたんだ。これぐらいで許されるなら軽いもんだろ」


そういう問題じゃないんだけど、この話題にされると弱い。勝手な事して、何年も眠ったままで。あげく、起きたことも伝えず、いきなり目の前に現れたのだから。
ごめん、と小さくこぼすと、承は手を戻し、座ってろ、とソファーを指さした。言葉に甘えて、ソファーに腰を落ち着ける。
流石に疲れた。時差もあるし、何より、ろくな運動なんかしてなかったわけで。仕方なかったとはいえ、シーザーに身体を使わせたのはまずかったかも。
ぐっと伸びをしていると、承がコーヒーを持ってきた。わざわざ淹れてくれたらしい。


「ありがと」

「別に構わねえ。……それにしても、連絡のひとつくらいしても良かったんじゃねえか?」


コーヒーに口をつけつつ、承は私の前に座った。視線はどこか、寂しがるように揺れている。本当に言葉の足りない人間だ。別に今更だけど。ああ、なんだか懐かしい。


「それについては謝るわ。後から聞いた話なんだけど、目覚めたからって大丈夫というわけでもなかったんだって。……で、大丈夫だと分かってすぐ日本に来たから。今は落ち着いてる。薬は欠かせないけど、ね」

「そうか。……もう一つ、聞きてえんだが」

「なに?」


低くなった声に問い返すと、承は私の胸ぐらを掴んで、ソファーの背に押しつけた。
痛みを訴えようと承の顔を見ると、その眼は敵に対峙しているときのように鋭く、そして冷たい。本気で怒っているらしい。


「《世界(ザ・ワールド)》を、使ったな?」


《世界》。私にとっても、承にとっても―――いや、私達ジョースターの血を継ぐ人間にとって、宿敵とも呼べる存在、"DIO"のスタンド。確かに私は、先程《世界》を使った。岸辺露伴のスタンド《天国への扉(ヘブンズ・ドアー)》から、逃れるために。
承は私を見据えたまま。促すことはせず、ただ、じっと私の言葉を待っている。


「……そっか、承も入門してたの?」

「質問をしてるのは俺だぜ、トキワ」


私のモノよりも暗い、緑がかった瞳が私を射抜く。私は昔から、この眼に弱い。怖いんじゃない。この眼は、私の本質を見抜くから。


「質問?確信があるくせによく言うよ……ええ、使ったけど」


少し嘲るようにそう言い捨てると、私をソファーの背に押しつける承の手に、僅かながら力がこもった。胸部が圧迫されて、呼吸がしづらくなる。
承は私から目をそらさない。獲物を狩る獣のような鋭い眼で、私をじいと見据えている。


「何じゃ承太郎、戻って―――」


承が言葉を紡ごうと口を開いた瞬間、第三者の声が響いた。第三者、なんていうものじゃない。変わってはいるけど、ひどく聞き覚えのある声。
声のした方を向くと、老人が一人立っていた。私は彼を知らない。知らないけど、そのエメラルドグリーンの瞳には、見覚えがあった。


「…………まさか、トキワ……なの、か?」

「ジョセ爺、おはよう。……ただいま、」


信じられない、という表情で、ジョセ爺は私に近づいてくる。胸ぐらを掴んでいた承は、小さく舌打ちをしてから私を解放した。邪魔されて苛立っているんだろう。私としては、助かってよかったんだけど。
ジョセ爺は私の頬にふれてから、痛いくらいの力でハグをしてくれた。八十間近とは思えないくらいの力は、十年前よりも弱くなっていた。


「このスカタンが……心配かけおって」

「ジョセ爺、それシーザーみたい」


ハグされたままでそうこぼすと、ジョセ爺は知ってるわい、と笑ってみせた。ああ、ジョセ爺だ。私の大好きな、私の祖父だ。私の家族だ。
そう思ったら、いてもたってもいられなくて、ジョセ爺の背中に回した腕に力をこめた。
ああ、私は、帰ってきたんだ。









トキワとジジィがいろんな話をしているのを、俺はすこし離れたところから見ていた。
俺はあんな事をするガラじゃねえ。さっきのあれで、十分伝わっている自信もある。だが、ああも見せつけられるのも気分がいいわけじゃねえ。
ばれないように小さく舌打ちをして、帽子のつばを下げた、瞬間。


『―――承太郎』


懐かしい声が、俺を呼んだ。
それは一度失われたもので、二度目に失われたとき、二度と戻ってこなくなったもの。そのはずだったもの。
ハッとして顔を上げると、半分透けた男の姿がそこにあった。あの五十日間、ずっと共にいた姿。
特徴的なホーステール、サクランボを模したであろうピアス、首もとまで閉められた、緑色の学ラン。
そいつは穏やかに微笑んで、じいっと俺を見据えていた。


『ひどいな、僕にはなにも言ってくれないのかい?』

「…………花京、院、」

『うん、そうだよ。久しぶり、承太郎』


にこり、と笑った姿は、あの日、DIOに奪われたもの。どうして、と、一瞬考えたが、トキワのスタンドを思い出して、すぐに納得した。応えたのだ、と。


『元気そうでなによりだ。それにしても、君といい、トキワといい、本当に年をとってるのか?見目が全く変わってないじゃあないか』

「十年ぶりの第一声がそれか。イイ性格になったじゃねえか、テメー」

『ふふ、ほめ言葉として受け取っておくよ』


軽く笑う花京院は、あの頃と何も変わっていない。こんな軽口すら、嬉しいと感じる。
それ以上の言葉はなく、沈黙が空気をふるわせた。花京院の視線の先は、未だにジジィと話しているトキワの姿。


「……花京院、テメーは、トキワの能力でここにいるんだろ?それで、いいのか」


言葉を紡いでから、やらかしたか、と後悔した。
トキワの能力は、お互いの同意がなければ発揮されない。つまり、花京院は、少なからず覚悟を決めているということだ。俺はそれを揺らがすような、疑うようなマネをしたということだ。
花京院はきょとん、とした後、小さく声を上げて笑う。


「何がおかしい」

『ごめんごめん。まさか承太郎からそんなことを言われるとは思ってなかったんだ』


心配されるのも悪くないね、と続ける花京院は、ひとしきり笑ってから、まっすぐ俺を見据えた。


『あの旅についていったことも、ああいう結果になったことも、何一つ後悔なんかしてないさ。トキワや、承太郎や、ジョースターさん達に出会えたことが嬉しい。だからこそ、承太郎達だけを、また危険に放り込むことだけはしたくないんだ。僕は、君達の力になりたい』


それじゃあ、答えとしては不十分かい?
そう言って、困ったように、花京院は眉を下げた。その言葉と表情に、少しばかり表情が緩む。とんだ物好きだ。


「てめえに助けられるほど、落ちぶれちゃあいないぜ」

『うわ、ハッキリ言うね。それでこそ承太郎か』

「……花京院、戻ってたの?」


会話に割って入ってきたのは、ジジィと話をしていたはずのトキワだった。横目で見たジジィは、いつの間にかいた男―――シーザーと話をしていた。それも、今では珍しくなったハイテンションで。
……気にしないでおくことにする。


『うん、今さっき。ジョナサンさんもそこら辺にいると思うよ』

「そこら辺て……まあいいけど。それにしても、わざわざいなくならなくたってよかったんじゃない?」

『家族の再会に水を差す気はないさ』

「いらねえ気を使うんじゃあねえ」


ひどい言われようだなあ、と、花京院は満更でもなさそうに笑った。トキワも、俺も、つられて笑う。まるで、十年前に戻ったような感覚。
未だに軽い文句を連ねるトキワと、それをあしらう花京院に小さく溜息をつくと、不意に、とんとん、と肩をたたかれ、後ろを振り返る。


『やあ、承太郎。元気そうでなによりだよ』

「……ジィさんか。アンタは混ざらないでいいのか?」

『君がそれを言うのかい?』


そう言って、ジィさん―――ジョナサン・ジョースターは苦笑いをこぼした。その生を終えたときの年齢だとすると、玄孫である俺よりも年下のはず。そう見えないのは、ジィさんのせいか、俺のせいか。


『僕はいいよ。こうして、自分の子孫と話ができるんだから』


そう言ったジィさんの表情は、今にも泣きそうなのに、笑っていた。
いたたまれなくなって、トキワやジジィの方に視線をずらす。
確かに―――こんなのも、悪くない。





欲しかったのは生きるための一言。
(私を呼んで、貴方を呼ぶから)



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