傷付いた心が雨に響かぬよう。





「《ぐるりよざ》―――Act.3!"シーザー・A・ツェペリ"!!」


承太郎さんが亡者とやらと戦いはじめてから少ししたとき、横から声が響いた。
躊躇うことなく突っ込んでくる人は、勢いのままに亡者をぶん殴った。それから、キレーな長い黒髪を靡かせながら、両手を広げている。両の手をつなぐ膜は、僅かな光できらきらと輝いていた。ありゃあ、シャボン玉……か?


「シャボンランチャー!!」


両手から無数のシャボン玉が飛んでいく。それは、亡者に当たっては弾けた。シャボン玉なんかに攻撃力があるとは思えない。だが、亡者は呻き、苦しんでいるようだった。


「何なんだこれは?!」

「わ、分からないですけど……スタンドではないんじゃ……」

「俺バカだから分からねえけどよお〜、邪魔にならねえようにはしておこうぜぇ」


露伴センセーと康一の会話、それから億泰の言葉は意識の端で聞いていた。俺にだって、それ以上のことは分からない。
唯一、分かりそうなのは承太郎さんだが……呆然としているのか、何かを考えているのか、スタープラチナを発現したまま、立ち尽くしてその光景を見据えている。


「何故だ……何故波紋の戦士がッ!!ここにいるッ!!何故生きているのだァアアアアアアアアアッ!!」

「貴様に教えることなんか無いぜ!俺の波紋を喰らって冥府へ帰りな!シャボンカッターッ!!」


荒い口調といい、一人称の"俺"といい、女らしくはない。
だが、その強さは本物だった。
回転しているシャボン玉は、さっきと違って弾けない。寧ろ、亡者の身体を切りつけては、そのままふわふわと滞空している。
俺達が手を出す暇もなく、亡者は塵となって消えた。少しの間、その人は亡者のいた場所を眺めていたが、おもむろに俺達の方を向く。
凛としたエメラルドグリーンの眼は、まっすぐと、承太郎さんを見据えたまま。


「……あまり実感はないのだけれど、十年ぶりか。もう少し老けてるかと思ったら、変わったのは服装だけ?相変わらずというか、なんというか……。あ、でもスタープラチナは少し変わった感じがするか」


言葉の真意が、俺には分からない。だが、口調や内容から、承太郎さんの知り合いなんじゃないかとは推測できる。当の承太郎さんは、固まったままその人を見ているだけだから、確信は持てないけど。
その人は承太郎さんに近づくと、背伸びをして、承太郎さんの帽子を取る。そしてそのまま、自分の頭に乗せた。


「おはよう」

「…………遅え。どれだけ寝てたと思ってんだ、てめえは」


小さく微笑んだその人と同じように、承太郎さんも僅かに微笑んでいた。ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、声色は聞いたことがないくらい優しい。


「―――おかえり、トキワ」

「ただいま、承太郎」


トキワ、と呼ばれた女の人の横顔を見て、ああ、写真の人はトキワさんなんだ、と、根拠のない確信をした。
俺の視線に気づいたのか、トキワさんは俺の方を向くと、小さく頭を下げた。ちょっ、俺にそんなことしなくても……!!


「東方仗助君、初めまして。空条トキワです。ええと……一応、貴方の姪っ子ということになります」

「ひ、東方仗助っす!えと、トキワさんの方が年上だろうし、敬語とかいいっスよ!なんかむずカユいし……」


そう?と首を傾げるトキワさんに、ひたすら首を縦に振る。トキワさんの後ろにいる承太郎さんの視線が痛え……。
固まっていた康一や億泰がようやく気付いたのか、俺とトキワさんの会話に混ざってくる。


「広瀬康一です。仗助君とは同級生で、えーっと、承太郎さんにもいろいろとお世話になってます」

「俺ァ虹村億泰。康一と一緒で仗助とは同級生だぜぇ」

「康一君と億泰君、よろしく。敬語とか気にしないで、楽にしてくれると嬉しいです」


トキワさんが自己紹介しているあいだ、そういえば露伴センセーは、と視線をよこしたとき、ヘブンズ・ドアーを使おうとしてるのが目に入った。
それも―――トキワさん相手に。


「露伴ッ!!妙なマネすんじゃねェーッ!!」

「クソッタレ仗助に命令される筋合いはないねッ!《天国への(ヘブンズ)―――》」

「……不意打ちが悪いとは言わないけど、もう少し考えて使ったらどう?相手のことも知らないのに」


ハッとして後ろを振り向くと、少し困ったような表情をしたトキワさんが、そこに、いた。俺も露伴も、驚くしかない。だって、トキワさんは、さっきまで前にいたのに。
承太郎さんが時を止めたのか、とも思ったが、承太郎さんは全く動いてない。数秒しか時を止められないのに、トキワさんを動かして戻ることは不可能だ。
……承太郎さん、なんか機嫌悪そーなのは気のせい、か……?


「岸辺露伴さん。私相手にスタンドを使うなら気をつけることをオススメしますよ。……うっかり殴られても、文句は聞きませんので」


細められたエメラルドグリーンの眼は、絶対的な敵意を持って冷えきっていた。俺に向けられた訳でもないのに、ぞくり、と背筋が凍る。
トキワさんはそんな俺達を無視して、取り出した手帳に何かを書き込んでいた。そして、びり、とそれを破ると、俺に差し出す。


「仗助君、一応連絡先教えておくから。亡者がでたら、承じゃなくて私に連絡して。……近いうちに、詳しい話はするつもりだから。それじゃ、夜道には気をつけて」


まくし立てるようにそういわれて、ろくな反応ができなかった。だが、トキワさんは少しだけ笑って、承太郎さんの横に並ぶ。またね、と声をかけて、二人は背を向けた。
すっげぇ絵になるよなぁ、承太郎さんとトキワさん。





傷付いた心が雨に響かぬよう。
(傘をあげよう。それから、ハグをしよう。)



130607
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