あの子が幸せになりますように。


涙の日、その日は罪ある者が裁きを受けるために、灰の中からよみがえる日です。
神よ、この者をお許しください。
慈悲深き主、イエスよ、彼らに安息をお与えください。

アーメン。









―――まどろんでいた意識が、徐々に浮上していく。
のそりと身体を起こして、あたりを見回す。杜王グランドホテル、俺が使っている部屋だった。
ふと横に目を向ければ、ジジィがきょとんとした顔で俺を見据えていた。


「なんじゃ、承太郎。お前が寝ぼけるなんて珍しい」

「寝ぼけてなんざいねえ。ただ、……懐かしい夢を見た。アイツが、俺を呼ぶ夢を」


それだけで、ジジィは何を指したか分かったらしい。ふむ、と小さく反応してから、壁に掛かっているカレンダーを見ていた。
しん、と、沈黙が部屋を支配する。


「もう、あれから十年か……早いものじゃのう」

「……ああ。もう十年、たかだか十年だ。DIOを倒してから、―――アイツが眠ってから、」


目に浮かぶ光景。やめろ、無茶をするな、と、俺が叫ぶ中、アイツは自分の意志と意地を貫いた。笑いながら、ごめん、と小さくこぼして、DIOに突っ込んだ。
それ以来、俺はあの眼を見ていない。俺よりも鮮やかなエメラルドグリーンの眼は、堅く閉じられたまま。そのまま、十年という歳月だけが過ぎていった。
…………感傷にひたるなんざ、俺らしくねえぜ。
帽子を目深に被って、立ち上がる。


「出かけるのか?」

「ああ、仗助達と約束があるんでな。……大人しくしてろよ、ジジィ」


返事を聞くより先に、外に出た。
もやもやとした胸中とは裏腹に、空はムカつくくらいの晴天だった。









臨海公園に行けば、仗助達はすでに集まっていた。俺に気づいた康一君が、承太郎さん、と俺を呼ぶ。


「すまない、呼び出したりして」

「大丈夫です!それより、何かあったんですか?」

「まさか、新手のスタンド使いっスか?」


仗助の言葉に、どう説明するべきか、と思案する。
スタンド使いであったなら、まだマシだった。仗助達でも対応できる。
だが、今回は違う。理由は分からないが、亡者と呼ぶにふさわしい奴らが、今更出現したのだ。ご丁寧に、俺達を―――ジョースターの、血筋を狙って。
それについて、ジジィは心当たりがあるらしい。だが、今目覚める理由は、さっぱり分からんと言っていた。

その辺りを、かいつまんで説明する。
仗助達も訳が分からないといった顔をしていたが、最終的には、無理矢理理解したようだった。


「亡者、か。僕の漫画にも登場させたら面白いかな。弱点はないんですか?」

「日光だ。だからこそ、奴らは夜に行動する」


岸辺露伴の質問に簡潔に答えてから、手帳を取り出す。たしか、SPW財団からもらった調査資料があったはずだ。
ぱらり、と頁をめくったとき、挟んであった写真が落ちたらしい。俺がそれに気づくよりも早く、仗助がそれを拾い上げた。


「承太郎さん、落ちたっスよぉ〜」

「ああ、すまな……、」


仗助から渡された写真。暫く見ていなかったせいか、それとも、夢のせいか。写真の中の俺に寄りかかるようにしているアイツの姿が、妙に目に付いた。
お互い、笑っているわけではない。無表情や仏頂面、といったほうが似合いであろう表情で写っている。
鬱陶しそうにしている俺と、してやったりとでも言いそうなアイツ。その時には、まさかこんなことになるなんて、微塵も思っていなかった。


「あれ、これって昔の承太郎さんスか?隣の女の人は……まさか、カノジョさんとか……」


固まる俺をよそに、ニヤケ顔の仗助が問いかけてくる。俺の表情は、見えていないか、気づいていないか。
仗助の言葉に、康一君達も写真をのぞき込む。何か言っているようだったが、俺の耳には届かない。


「承太郎さん?どうかしたんスか?」

「…………いや、なんでもねえ。こいつは俺の女なんかじゃあねえぜ。俺の家族だ」


家族、と言った理由は分からない。言うなれば、アイツは俺の片割れだ。半身と言ってもいい。近くにいるのが当たり前だった。アイツがいなくなってから感じる虚無感は、たぶん、あるべきものが無いからだろう。
流石の仗助達もなにかを感じ取ったらしい、それ以上詮索されることはなかった。

その瞬間、ただならぬ気配を感じて身構えた。スタープラチナを発現させ、辺りの様子をうかがう。
一瞬だけ感じたあの悪寒は、倒したはずのあの男を彷彿させる。ああ、胸糞が悪い。
ざり、と、踏まれた地面が悲鳴を上げる。その方向には、男がひとり、こちらを向いて佇んでいた。その異様な雰囲気に、負けじとにらみつける。


「てめえは……」

「ジョースターの血ィ……ミツケタゾォオオオオオオオ!!」


なんてタイミングだ。最悪といっていい。
亡者であろう男が、血色の眼を血走らせて、俺に向かって突っ込んでくる。迎えうってやろう、とスタープラチナを前に進ませる。
俺を狙っているうちはまだいい。これが仗助や康一君達に向いた場合、どうなるか分かったものではない。


「じょ、承太郎さん!」

「康一君、下がっていろ。こいつはジョースターの血筋を狙っている」


そうは言っても、どうしたものか。日はすでに落ちている。そうなれば、たとえスタープラチナであっても、基本的に不死の亡者を倒すことは不可能だろう。
小さく舌打ちしてから、とりあえずぶん殴るべく、亡者に突っ込むことにした。









「…………十年もすれば、様変わりするか。分かってたけど、気分は本当に浦島太郎ね」

『トキワ、ウラシマタロウってなんだい?』

「日本の昔話というか、おとぎ話というか……それの主人公」


ジョジョの質問に短く答えてから、きょろきょろと辺りを見回す。かすかにだけど、"存在"を感じる。私に流れる血と同じものを持っている人間の"存在"を。
それが承であってほしいと願うのは、私のワガママなのだろうか。
ジョジョとシーザーに浦島太郎を説明している花京院を横目に、"存在"を追って足を進める。心なしか、速度はいつもより早い。

地図なんかなくっていい。ただ、存在を追えばいいのだから。それを分かっているのかいないのか、三人は何も言わず、日本の話をしている。そういえば、ジョジョやシーザーに日本は馴染みがない。だからか。

歩いているうち、感じる風に潮のニオイを感じるようになった。海が近いのだろう。
よく承と行ったっけ、と懐かしくなるのと同時、反吐が出そうになる気配を感じた。ジョジョとシーザーも気づいたらしい、背後の気配が僅かながらピリピリとしている。花京院は、いまいちピンときていない様子だ。


『…………おい、トキワ、』

「分かってる。シーザー、準備しておいて。奴らの気配に混じって、"血の存在"を感じる。もしかしたら、交戦してるのかも」


焦る気持ちを抑えながら、ゆっくりと進んでいく。そのうち、何百メートルか先に、懐かしい姿を見つけた。


「……承、と、スタープラチナ…………」


あの学ランと帽子を模したのだろうコートと帽子は、あの頃とは対照的に白い。だが、その横顔は、何一つ変わっていなかった。
……思い出に浸るのはこれぐらいにしておこう。亡者がいるのだから。
対峙している二人に向かって走り出す。


「シーザー!」

『俺は大丈夫だ。何時でもいけるぜ、トキワ』


ニッ、と不敵に笑うシーザーに目配せしてから、しっかりと前を見据えた。
私は、もう、あんな思いをしたくない。させたくない。今度こそ、私は守ってみせよう。大切なものを。


「《ぐるりよざ》―――Act.3!"シーザー・A・ツェペリ"!!」


自分の身体から離れていくような感覚の中、ずっと会いたかった私の半身が、目を見開いているのが見えた。
大丈夫。今度はあんなことしない。だから、そんな泣きそうな顔をしないでほしい。
小さく笑ったのが、彼には分かったのだろうか。それを確認する間もなく、私の"身体"は、"身体"を操るシーザーは、亡者をぶん殴っていた。





あの子が幸せになりますように。
(願いは叶えるものでしょう?)



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