愛すべき【目的】。







「……統羽、殿」

「こんにちは、元姫殿。浮かない顔をされていますけど、可愛い顔が勿体ないですよ?」


くすり、と笑ってみせると、彼女は困ったように視線を逸らした。可愛い、子上殿は幸せ者ね。
どうしました、と問うてみても、彼女は言葉を紡がない。私を警戒しているというよりは、どうしようかと困ってるみたいで。
なら―――と、こちらから名を呼んだ。


「よかったら、一緒にお茶でも如何でしょう?同性同士、ゆっくり話でも」

「……統羽殿が良いのなら、喜んで」

「ふふ、ありがとうございます」


元姫殿を手招いて、向かう先は私の自室。
お茶を入れてそっと差し出せば、小さく礼が返ってきた。けど、視線は泳ぎ気味で、私を捕らえようとしない。緊張と戸惑い、ってところかしら。


「急には迷惑でした?」

「……そうじゃ、無くて、その…」

「取り敢えず、言葉は楽にしていただいて良いですよ。それから、お茶を飲んで一息つきましょう」


にこ、と笑ってみせると、漸く元姫殿も表情を緩めた。ちょっと強引かとも思ったけど、まあ、良しとしましょう。
私も、喉を潤して一息。そういえば、ちゃんと名乗っていない気がする。


「遅れながら、元姫殿。司馬仲達様が側近、統羽と申します。どうぞ、お見知りおきを」

「……王元姫、です。あの、統羽殿」

「はい、何でしょう?」


今度は何もしないで、言葉を待つ。視線は逸らさずに、でも、威圧は与えないように注意して。
元姫殿は何度か言いかけて、それを止めて、意を決したように言葉を紡ぐ。


「子上殿の、事なのだけど」

「はい、」


やはり、というべきかもしれない。でも、それを指摘するのは野暮というものだから。
元姫殿は俯き加減で、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。


「子上殿は、昔からあんな様子で…?」

「あんな?」

「口を開けば"めんどくせ"ばかりだから」


その言葉だけで合点がいく。確かに、子上殿の最近の言動は少し目につくから。
それでも、子上殿は仲達様のご子息。それを口に出すと悪化しかねないから、言うことはしないけれど。


「元姫殿。私は、それでも良いのではと思っているんです」

「……理由を、聞いても?」


怪訝そうに言葉を紡ぐ彼女は眉間にシワを寄せている。
元姫殿は聡いから、きっと周りからの風評などに気付いているのでしょう。隠されているようでいてハッキリと向けられる、それに。
だから、悩み、焦るのでしょう。何とかせねば、と。


「彼はやるべき所を分かっているし、きちんと周りを見ています。その風評を、分かったうえで」


それは、彼が"凡愚"でない証。周りが気付かないくらい巧みにそれをやってのけるのは、見事としか言いようが無いから。
表面しか見ない人には分からない、巧妙な隠れみの。
気付かれた元姫殿は、子上殿をしっかりと見てきたのだろう。微笑ましい。


「だから、元姫殿。貴方さえ良ければ、貴方だけは、子上殿を支える存在であって欲しいのです」

「私、が?」

「はい。周りはきっと、子上殿のやる気の無さに何も言わないでしょう。だから、元姫殿はそれを諌めて下さい。律して下さい。勿論、私も全力で支えます」


驚いたような、呆然としたような元姫殿を見ながら、深く、大きく頷く。
……ひとつ、だけ。一ツだけ、私は敢えて口にしなかった。それは、何時か彼が責を背負うようになり、それに苦しむだろうと。
そして彼は、その隠れみののせいで、周りに気付かれないだろうと。
そうなれば、彼はきっと潰れてしまう。だから、元姫殿が支える存在であってほしい。
素直に言って重圧になっても困るから、こういう言い方をしたのだけれど、ね。

彼女を見据えていると、元姫殿はお茶を少し飲んでから、私を真っ直ぐに見た。どうやら、納得していただけたみたい。


「ありがとう、統羽殿。やってみる」

「いいえ、こちらこそ。無理の出ませんように」


にこり、と笑えば、元姫殿も小さく微笑まれた。ふふ、本当に可愛らしい。
少しの沈黙を挟んで、元姫殿は私の名を呼んだ。


「はい、何でしょう?」

「統羽殿が、良ければ、なのだけど。……姉様と、呼んでもいいかしら?」


今度はこちらが呆気に取られる番。まさか、そんなことを言われるなんて思ってなかったから。
それでも、沸き上がってくるのは、―――愛おしさ。
だって、こんなにも可愛らしい!


「ええ、構わないわ。よろしくね、元姫」

「よろしく、姉様」






愛すべき【目的】。
(達成した時には褒めて下さい)



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