愛すべき【足音】。 「……あん?」 背後からの足音に立ち止まる。あーあー、またやっちまったのか、俺。 遠く聞こえる金属音と阿鼻叫喚。何処と何処が戦ってんのかまでは、流石にわからねえな。 でも、まあ。 「生き延びるとすっか」 篭手の紐をしっかり結び直して、足音から逃げるように走り出す。なーんで俺ってば、こうも戦場に迷い込むかね? 今居るのは山道。姿は隠してくれるが、動けば音が大きく立っちまう。 予想通りというか何と言うか、背後の足音はしっかりついてきてる様で。……まあ、しょーがねえよなあ。 すこし速さを緩めて、わざと追いつかせる。それから、斬りかかろうとした兵に、振り向きざま顔面に一発。 「……何処の兵だ、こりゃあ?」 ま、関係ないか。俺は逃げると決めたんだ! 踵を返して走り出す。暫く走ったところで、無くなってた筈の足音がまた聞こえだした。しかも複数。 小さく舌打ちしてから、速さを上げた。……が、今回は撒けそうにない。 瞬間、微かな風切り音に横へ飛んだ。さっきまで俺が居た場所には、槍の切っ先が鈍く光っている。 「何者だ!」 「いや、俺が聞きてぇし。つうか丸腰の人間襲うか?普通」 ほぼ、だけどな。流石に篭手はつけてるし。 その男は特徴的な兜(なんか黄色の毛がくっついてる)を被り、きっと俺を睨んでいた。確かに俺は乱入したけど、敵視される覚えはねえぞ、取り敢えず。 男は槍を構え直すと、切っ先を俺に向けた。 「いざ!この馬孟起が相手になろう!」 「いや、俺相手とか望んでな―――うおっ!」 てめっコノヤロ、最後まで言わせろ!人の話はちゃんと聞きなさいって習わなかったのか! そんなツッコミは勿論胸中で。流石の俺でもね、この状態でそんなことは言わないよ、うん。 とにかく避けることだけに専念。下手に手ェ出したくないんだよなー、面倒事は勘弁してほしい。 ……ん?馬孟起? 「えー…、あんちゃんさぁ、まさか錦馬超?」 とん、と軽く地を蹴って、突き出された槍の上にしゃがみ込む。なんでかこのテの芸当得意なんだよねえ、俺。 驚愕を浮かべる顔を眺めながら、錦馬超って何処の軍だっけ、なんて呑気な事を考える。 返答は返ってこない。あれ?と首を傾げると、ぐうらり、身体が揺れた。 軽く槍を蹴って、地面に着地。あー、やっぱそうだ。西涼の錦馬超だよこのあんちゃん。 「ふぅん……なあ、見逃してくれたりしない?」 「怪しい者を放ってはおけぬ!」 あ、やっぱダメなんですね分かります。 はは、と乾いた笑いを漏らす。ぶっちゃけよう、面倒すぎる! 次の瞬間、ひゅっ、と微かな風斬りを捕らえた。反射的に地を蹴って、後ろに下がる。そこから感じた気配に、拳を突き出した。 痛い音を立てて、篭手と槍が交わる。 「ああもう!新手かよ!」 「随分と余裕があるようだな。だが、これでどうだ!」 後ろ髪だけ長い短髪の兄ちゃん(随分と若いな、)が、軽く跳んだ。うお、すげえ脚力。 構えられた槍は雷を帯びて、反射的に、これはまずいと思考が警鐘を鳴らした。 木の幹を上手く使って、短髪の兄ちゃんよりも高いところへ。ちょうどその時、小規模な落雷が発生。 ……いやね、人間が起こしてる時点で小規模って表現もおかしいんだけどさ、うん…。 威力がおさまったところで、兄ちゃんの背後に降りる。 一発くらいぶち込んでやろうか―――そう思ったとき、横からまた槍の切っ先が。 錦馬超のでも短髪の兄ちゃんのでも無い。…ってことは、 「また新手かよっ!何なんだお前ら、よってたかって袋叩きか?!ああ畜生めんどくせえ!!」 「いざ!趙子龍、参る!」 「しかも綺麗に無視かよ!」 コイツら全然話聞かねえんだけど!親もしくは君主、ちょっと面貸せやコラ。 三本の槍をとにかく避ける。避けるしかない。話は聞かねえし容赦もしねえ、本気で鬼畜なんだがコノヤロウ! 大きく距離をとったとき、弓兵がこっちに向かって構えてるのが見えた。え、これヤバくね? 槍の三人はほっといて、弓兵との距離を詰めた。慌てて射ろうとするが、俺の方が早い。 拳で弓を叩き折れば、兵は腰が引けたように逃げていく。 ……よし、コレに便乗して俺も逃げよう! 「お待ち下さい!」 …何コイツ。えーっと、趙子龍って名乗ってたっけ。 きつめに睨むと、何故かキラキラ眼で見据えられた。何コイツ。 「私達を助けていただき、ありがとうございます!」 「はい?いや、俺は別にアンタらを助けた訳じゃ―――」 「何と!お前は謙虚だな。だが、その正義、俺の心に届いたぞ!」 「おいコラ錦馬超、先に仕掛けたのお前だよな?何そのご都合解釈」 「趙雲殿、馬超殿!是非とも殿に紹介しましょう、この方も仁をお持ちだと!」 「勝手な事言ってんじゃねえ!引っ張んな!俺の意思を丸無視って普通の拘束よりも性質悪ィ!もう嫌だこの槍馬鹿三人!!」 あ、思い出した。 コイツら蜀軍じゃねえか? 愛すべき【足音】。 (感情を揺り動かすような衝撃を!) 120101 |