愛すべき【素数】。 あの日から、少し経って。 孫堅様の計らいもあり、伯言の元で簡単な仕事をこなしていた。……人使いが荒いのは相変わらず。 伯言はまだまだ使うつもりだった様だけど、呂蒙様が気を利かせて下さり、暇をくださった。 そうなるとやることが無い。新参者の私が、あんまり勝手に歩き回るのも気が引ける。 うーん、どうしよう。外で少しのんびりしてから、鍛練でもしようか。 「えーっと、確か外に出るには……」 きょろきょろと周りを見回しながら歩く。方向音痴では無いけど、この広い城の勝手はまだ覚えてない。 誰かに聞くのは最終手段。もしそれが伯言の耳に入ったら、それをネタにからかわれるのだから。 確かこの角を曲がって、と曖昧な記憶を引っ張り出して、そちらに足を進めた。 ……いざとなったら窓とかから飛び降りれば良いよね、うん。 結局外に出ることは出来たけど、今度は帰れるかが心配になった。 ……そっちの方が問題な気がしてきた。うわあ、やらかしたなあ…。 小さく溜息をつきながら、自分の浅はかさを恨む。伯言はああも頭が回るのに、どうして自分はこうかなあ…。 「……ん?」 微かに捉えたのは、言い争う声。珍しいな……確かに孫呉の人は血の気が多いけど、仲良いのに。 どうせ一人だし、と、何に対するものなのか分からない言い訳をして、そちらに足を向けた。 「やんのかコラ!!」 「ああやろうじゃないの!喧嘩なら売ってやるっつの!」 言い争う男性が二人。金色の髪をした人と高い位置で髪を結んでる人で。たしか……甘将軍と凌将軍だ。 ただの喧嘩なら止めようとは思わなかったけど、流石に武器を出されてギョッとした。 止めるべき……だよね…。 凌将軍の方に走り出す。片足首に蹴りをいれて、体制を崩させる。更に手首に手刀を落とし、両節棍を奪った。 それから、呆気に取られてる甘将軍の鎖鎌を搦め捕って、牽制変わりに拳を一発。勿論当てずに、掠らせて。 お二人の間に入るようにして、対峙。……ああ、また伯言に怒られそう…。 「陸遜!邪魔すんじゃねえ!」 甘将軍が咆哮するように言い捨てた。……また間違われたよ…。 片手に両節棍、もう片手には鎖鎌。そんな状態で、どうしたものかと、思案。 凌将軍もきっと伯言だと思ってる―――どう間違いを正そうかと思ってたら、その反応は予想外で。 「アンタ、陸遜じゃないね。……誰だ?」 見抜、かれた。向けられる眼には、警戒と敵意。それも、ホンモノの。まあ、しょうがないよね。 武器を足元に置いて、深めに拱手した。敵意が無いことが、伝わるように。 「申し遅れました。陸伯言が妹、陸嘉と申します」 下げていた頭を上げた時、向けられてる眼の敵意は消えていた。その代わりに、驚愕と好奇が向けられる。 ……最近多いから慣れたけど、やっぱり疲れるな…。 取り敢えず、と、足元に置いてた両節棍を凌将軍に差し出すと、何故か頭を撫でられた。 「あの、……凌将軍?」 「かたっくるしいねえ、凌統で良いっての。へえ、噂の陸遜の妹か」 …噂、って何の……いや、聞くのが怖い。 適当にはぐらかして、今度は甘将軍に鎖鎌をお渡しする。 けどそれは受け取られる前に、ずずいっと顔を近づけられて、思わず腰が引けた。近いって! 「かっ、甘将軍?!」 「甘寧でいいぜ。へーぇ、そっくりなモンだな……」 それは分かりましたから離れてください! なんて言えるはずもなく、近付かれた分だけ引いていく。そろそろ気付いてほしい……!! どうしようかと思案してると、ぐん、と後ろから腕を引かれた。 あまりにいきなりだったから、身体の均衡を崩す。転ぶかと思って身構えても、衝撃は無いに等しいくらいに軽い。 「大丈夫かい?陸嘉」 「りょ、凌しょ、…凌統様?!」 気が付けば、凌統様の腕にすっぽりと抱き込まれていた。 その事実に気付き、慌てて抜け出そうとするけど、やはり男の人の力には勝てない。 どうしようかと思案していると、甘寧様がずいと、また近付いてきた。 ……だから近いって…! 「オイ凌統、放してやれよ。困ってんだろ」 「はあ?アンタが近付きすぎて引いてたんだっつの」 ねえ?と話を振られても反応が出来ない。え、ちょ、誰か助けて……! わたわたと暴れていると、慣れた気配を感じた。一緒に、微かな火薬と煙のにおいも。 それを認識した瞬間―――凌統様と甘寧様の間を通って、地面に火矢が刺さった。 ……これ、まさか…!! 「は、伯言……!!」 「良い身分ですね、陸嘉。仕事をほったらかしにして凌統殿と甘寧殿と戯れて」 にっこり、と笑う伯言の眼は、勿論笑ってない。わあ、焼き殺そうとしてる眼だよー…。 凌統様も甘寧様も、若干顔色を変えている。そりゃあそうですよね、あんな良い笑顔で焼かれそうになれば……。 「呂蒙様からお暇をいただいたの!お二方とはたまたま此処でお会いしただけ!」 「分かりますよそのくらい。さ、陸嘉。その呂蒙殿がお呼びですから」 呆れた様な顔をして、伯言は私の腕を掴んだ。 私を抱き込んでいた凌統様の腕は簡単に外れて、足は伯言の進む方へと縺れる様に進んでいく。 会話は無い。別に珍しくないけど、今回は何だか、沈黙が痛くて。 「……伯言、ごめん。手間、取らせちゃって」 小さく、僅かな本音を零す。 伯言は私の前を歩いたまま、こっちを向こうともしない。でも、足の速さが緩んだ。私が転びそうになっていたのに、気付いてたらしい。 「別に、今に始まったことではありませんから」 一見冷たくてぶっきらぼうな言葉だけど、大丈夫、それで十分だから。 酷いなあ、と零して、伯言の横に並んだ。 いつの間にか、腕から手に変わった掴む場所に、気付かないふりをして。 愛すべき【素数】。 (個として確立し、時に産み、葬り、そして) 120228 |