愛すべき【性別】。 「何処行ったんだ?陸遜の奴……」 真面目なアイツの事だ、忘れるとか寝坊とかは考えにくい。となると、体調でも悪いのか? そんなことを考えながら、周りを見回す。居ねえ。 ―――ふと視界の端に映った、鮮やかな赤。孫呉じゃ別に珍しくねえけど、やたらと目についた。 特徴的な服と、綺麗な羽飾り。認知した瞬間に、大股で近付く。 「おい、陸遜!何してんだ、軍議始まってんぞ!」 「っ?!」 肩を掴んで引き寄せると、驚いたような顔をして俺を振り返った。……なんか、何時もと違ぇ。やっぱ疲れてんのか? けど構ってなんかられねえ。手首を掴んで、ぐいぐいと引っ張る。 「あ、の!」 「悪いけど後でな!俺が周瑜にどやされんだ」 アイツ、怒ると容赦ねえんだよな。 陸遜は抵抗してるみたいだったが、俺の力には抵抗にもならねえ。 つーか……何で抵抗するんだ?軍議だって事くらい、分かってるはずなのに。 胸中で疑問に思いながらも、部屋に戻った。注がれる、視線。 「陸遜居たぜ!」 「済まない、孫策。陸遜、どうしたんだ?お前らしくもない」 周瑜がそう問うても、陸遜は答えない。心なしか顔色が悪いし、焦っているような印象がある。 流石におかしい。何かなきゃ、こんなになるはずがねえ。 「陸遜?」 「え、あと……その、」 呂蒙が顔を覗き込んだ。陸遜は引き攣った顔をして、視線を泳がせる。 その時、失礼します、と声が聞こえた。"陸遜の"、声が。 「……お前、陸遜、だよな?」 「はい、遅れて申し訳ありません。陸伯言、参りました。……どうか、しましたか?」 権の言葉に、きょとり、とする、今入ってきた陸遜。注がれる視線は、俺の連れてきた"陸遜"。瓜二つだ。 一気に臨戦体制になる。けど、二人の"陸遜"だけは動かなかった。 「お前は、誰だ?」 親父が低く問う。俺も、権も、周瑜も、呂蒙も、直ぐに動けるように身構えて。 俺の連れてきた"陸遜"は少し呆然としていたが、気丈に睨んだ。―――後から入ってきた、陸遜を。 「どういうこと?貴方、説明しておくと言ったはずだけど」 「私が面白いことを放っておくと思ったんですか?」 同じ顔が、片方涙目で片方笑って顔つき合わせてるぜ……なんだ、こりゃあ? 今度は俺達がポカンとする番だった。二人の陸遜は、意に介さない。 「そうね、信用した私が馬鹿だったわ……伯言」 「ええ、何時も良い反応ありがとうございます。陸嘉」 伯言。陸遜の字じゃねえか。 ついていけねえ俺達に、陸嘉、と言われた――俺が陸遜だと思って連れてきた――方が、深く拱手した。 「混乱させた上の非礼、大変失礼いたしました。陸伯言が妹、陸嘉と申します」 * ―――ああ、本当に馬鹿だった。伯言の性格は、把握していたのに。 深く拱手していた体勢を元に戻す。一瞥した伯言は、さぞかし楽しそうに笑っていた。この性悪め。 「陸遜の、……妹?」 ぽつり、と零された言葉には、はい、と小さく是を返す。果たして、それが私に向いていたかは気にしない。 最初に反応したのは、私を引っ張ってきた"小覇王"―――孫策様だった。 「へえ、そっくりだぜ!俺は孫伯符、宜しくな!」 有り難いお言葉を頂いて、深く拱手。真面目だな、なんて言葉は、申し訳ないが聞き流しておく。 伯言が此処にいる時点でもう良いのだということは分かるけど、怨恨というのはどうも根が深いらしい。何だか、ちょっと距離を置きたい。 「ふむ……陸嘉というのか。俺は呂子明だ」 「私は周公瑾。陸遜と同じように策を弄するのが得意なのか?」 呂蒙様と、周瑜様。伯言の話によく名を聞くお二人だ。 拱手してから、周瑜様の方へと向き直る。 「いえ、自分は兄の様に頭が回りませんので……計略の実行、及び奇襲や暗躍にはそれなりの評価をいただいております」 「その割には、火計の成功回数が少ないと思いますが」 「伯言、貴方ね……何でもかんでも燃やせば良いってものじゃないでしょ。そもそも伯言の命じる火計は戦場以外が殆どじゃない」 はあ、とため息混じりに言えば、伯言は舌打ちでもしそうな表情を一瞬だけ、それも私だけに見せた。 それを意図的に無視していると、呂蒙様が労るように肩を叩いてくださった。腹部を押さえておられる……今度お酒にでも誘わせていただこう。 「私は孫仲権という」 「知っているだろうが、俺は孫文台。孫呉の長だ」 乱入者とも言える私に、何て丁寧な。そして、何て心が広い。 孫権様と孫堅様にも拱手をして、ゆっくりと顔を上げた。私を此処に置いてくださいと、お願いしなくては。 けど、私が口を開くより先、孫堅様は私の前に来られて、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。 思わず強張る身体と表情。孫堅様は、笑っておられる。 「そう固くならずとも良い。陸嘉、今日からお前は、孫呉の"家族"だ」 優しい言葉と、柔らかい雰囲気。それを私に向けるのは、伯言だけだったのに。 伯言の方を一瞥してみると、とても穏やかに笑って、小さく頷かれた。 「―――ありがとう、ございます」 世界が一気に、広がった気がした。 愛すべき【性別】。 (それは本当に自分の一部か不思議だけれど) 120101 |