愛すべき【喪失】。







「三春殿ではないか!」

「あ…、こんにちには。徐晃さん」


横からかかった声に、一礼。徐晃さんも返してくださって、何だか逆に申し訳ない。
魏に置いてもらって、大分経つ。漸く迷うことも無くなって、人の名前も覚えてきた。
逆に私の事も覚えてくれたようで、通り掛かる人が挨拶がてら気にかけてくれる。本当に、有り難い。


「これから何処かに行かれるんですか?」

「鍛練に向かおうと。三春殿も如何か?」


その言葉にいいんですか?と聞き返すと、勿論、と頷いて下さった。なら、お言葉に甘えよう。
徐晃さんの後ろを付いていった先、一心不乱に武器を振るって居る姿―――ええと、張遼さんだ。
張遼さんは構えを解くと、私と徐晃さんの方へと向き直った。


「珍しい組み合わせですな。鍛練に?」

「はい、こちらに向かう途中の徐晃さんにお会いしたので、ご一緒させていただこうかと……」


そこまで言って、気付く。今、愛用の武器持ってないよ……。何やってるんだろう。
その旨を伝えて、お二人の手合わせを眺めることにした。時代も世界も違うから、戦い方も違う。勉強になります。
響く金属音に、だんだん現実味が失せてくる。まるで、絵巻物を眺めているようで。

あちらでも、きっと戦は起こっているのだろう。何時終わるかも分からない、誇りを賭けた、夢物語の戦争が。
三成は怪我をしてないかな。清正や正則と不必要に喧嘩してそう。左近も働きすぎで、倒れてないといいけど。


「三春殿?」

「……え、あ、はい。すみません」


張遼さんに名前を呼ばれて、思考の海から意識を取り戻す。いけない、今は折角お二人がいらっしゃるのに。
へら、と笑ってみせた。そうした理由は、分からない。


「お疲れなら、休まれたほうが良いかと」


除晃さんの言葉に、すみません、お言葉に甘えて、と返し、一礼してそこを離れた。道は……まあ、何とかなる。
最初こそ歩いていたのに段々速くなって、終いには殆ど走っていた。俯いて、顔を隠して、ただ、走る。
宛てがっていただいた部屋に飛び込んで、扉を閉めた。そのまま、ずるずると座り込む。


「…………みつ、なり……」


立てた膝に顔を埋めた。頬を伝って、足に落ちるのは涙。
分かっていた筈の現実を、今更突き付けられて、悲しくなった。
皆が、居ない。三成も、左近も、清正も、正則も、秀吉様も、ねね様も。私は、独りじゃないけど一人なんだと。
拭っても拭っても、涙は落ちるばかり。何時から、こんなに弱くなったんだろう。

―――みんなに、会いたい。






愛すべき【喪失】。
(これでもう重い枷は解かれた)



120410
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