愛すべき【戯れ】。







「……ど、どうしよう…」


迷った。
きょろきょろと周りを見回してみても人の影は無く、そもそも気配すら感じない。どうやら、変に奥まで来ちゃったみたい。
とにかく、人の気配がする方へ。そう考えながら、静かに足を進める。
感覚に集中して、微かな気配を探って進んだ。……ら、どん、と何かにぶつかって尻餅をついた。どう考えても壁じゃない。


「ご、ごめんなさい!気付かなくて……」

「オイラこそごめんだよぉ。おめぇ、大丈夫かぁ?」


頭上から降ってきた声に顔を上げる。
ぶつかってしまったであろう彼は私の腕を掴んで、ぐいと立ち上がらせてくれた。
それから、じい、と見据えられる。


「あ、の……何か…?」

「おめぇ、曹操様の言ってた客将かぁ?」


きょとり、と言われて、こちらまで呆気に取られてしまった。少ししてから、多分、と曖昧な肯定を。
それを見てか、彼はさっきよりも一層笑った。失礼かも知れないけど、乱世には似合わない人だ。


「おいらは許緒ってんだ。おめぇ、名前は?」

「三春、と…もうします。あ、あの……迷ってしまって…良かったら、道を……」


ああ、情けない……笑われるんじゃないか、と思った。見据えた彼の表情は、予想通りの笑顔。
でも、嘲笑や嫌味らしさは無くて、まるで子供みたいなにんまり笑顔を浮かべていた。


「それくらいなら、おいらに任せろぉ!」

「あ、ありがとうございます…!!」


一礼して、彼についていく。進む道は、さっきまで私が行こうとしていたのとは真逆。
……本当に、助かった…。変な所入り込む前で。
案内されたのは部屋で、理由を問うと、仕事がまだあるらしい。言おうとした謝罪は、言葉になるまえに遮られた。


「典韋、戻っただよぉ」

「おめぇ、何処で何し―――あん?何だ、その女」


同じ部屋に居たのは、とても大柄な男性。
正直、怖い顔に腰が引けていたら、許緒さんが前に出てくれた。


「曹操様の言ってた客将だぞぉ」

「初めまして、三春、と……申します」


拱手して、小さく一礼。曹丕さんに教えてもらった"礼儀"だけど、合っているのかは正直不安だ。
そんな不安を吹き飛ばすくらい、典韋、と呼ばれた男性は、にかりと笑った。


「おう、オメェがそうなのか!俺は典韋ってんだ」

「よろしくお願いします、典韋、さん」


よかった、大丈夫みたいだ。
気が緩んで顔も緩んだらしい、許緒さんが前から近付いてきて、私の頭に手を乗せる。
驚いて身体が跳ねた。けど、許緒さんは笑ったまま。


「おめぇ、笑った方が可愛いぞぉ」

「は、……え?!な、何を言うんですか急に!」

「許緒の言う通りだな。そんな緊張すんなって!」


ぐしゃぐしゃと頭を撫でる許緒さんと、豪快に笑いながら見てるだけの典韋さん。笑ってないで助けてください!
……結局、暫く良いようにされました。







愛すべき【戯れ】。
(それは有言実行と言う)


120223
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