愛すべき【孤独】。 「父よ、私の友を連れて来た」 子桓はそういって、自分の背後に声をかけた。 怖ず怖ずと前に出るのは、茶色の髪を持つ、整った顔立ちの人間で。ふむ、中々興味深い。 じ、と見据えていると、ぎこちなく拱手をした。 「御目通り感謝致します、曹操様。石田三春、と、申します」 石田三春。聞かぬ響きの名に一瞬戸惑ったが、直ぐに合点がいった。 遠呂智の作り出した世界で、戦国勢に名を聞いたことがある。たしか、あの男は石田三成といったか。 そう思案していれば、父よ、と子桓がまた儂を呼ぶ。 「お分かりだろうが、三春は戦国から来たようだ。私の元で客将として迎え入れる」 「構わぬ。……三春と言ったか。こちらに来い」 そう声をかけると、三春はおどおどと躊躇う。関係があるのかは知らぬが、同じ"石田"と冠したあの男とは大違いだ。 子桓に小さく背を押されてから、三春は漸く儂の方へと足を進める。 「ふむ。お主、石田三成とは血縁か?」 「……は、い。三成は、私の従兄弟に、あたります」 ぎこちなく答える姿は初々しい。苛立ちを覚えるやもしれぬが、それよりも、新鮮さが上回る。 現状を理解し、受け入れているところをみると、どうやら遠呂智の世界には居たようだ。 「……惜しいことをしたのう」 「は……?」 怪訝そうな顔をする三春に、ふ、と笑みを向ける。 これはまた、三國にはおらぬ、まこと美しき女子よ。 「遠呂智の元で会っておれば、儂の室にしたものを」 「え、……は?!」 「孟徳!!」 顔を真っ赤にする三春。儂の横にひかえていた夏侯惇が、咎めるように声を荒げた。 あわあわとうろたえる姿はまるで小動物のよう。 くつくつと笑いながら夏侯惇の小言を聞き流していると、夏侯淵が三春の肩を叩いていた。 「おーい、大丈夫か?」 「え、あ、はい……あの、曹操様は、その、……本気、で……?」 「いやいやいや、そんな訳無いって!」 「で、ですよね……」 夏侯淵の言葉にほっとする三春。既に夫が居るのだろうか。それはそれで構わんが。 表情に出ていたのか、それとも付き合いの長さ故か、夏侯惇はぎろりと睨んで、孟徳、と凄んでみせた。やれやれ、ままならぬものよ。 「俺は夏侯妙才!ま、よろしく頼むわ」 「……夏侯元譲だ」 「石田三春、と申します。……お世話に、なります」 ぎこちなく拱手し、上げられた顔。そこで初めて、眼に宿る憂いに気が付いた。 それを指摘するより早く、父よ、と子桓が言葉を紡ぐ。 「私も暇では無い、これで失礼する。行くぞ、三春」 「はい、曹丕さん。では、……失礼、します」 今度は、普通に一礼。 顔が上がりきる前に踵は返され、表情は分からなかった。 * 「疲れただろう。今日は休むといい」 その一言だけ言い残して、曹丕さんは背を向けた。 扉が閉まり、閉鎖的な空間にただ一人。それが怖いなんて事は無いけど、結局、此処は異国の地。 どう頑張ったって、そう簡単には落ち着ける訳が無い。 「…三成、怒ってるかなあ……」 何も言えずに、何も書き置かずに来てしまった。ああ、左近の胃痛が増してないと良いんだけど。 そこで、人の事を考える余裕があることに自嘲した。自分の方が、よっぽど困り果てた状況だというのに。 「取り敢えず、帰る方法探さないと」 そう、帰らなきゃ。居場所をくれるのは嬉しいけど、それは此処じゃない。あの乱世だ。 だからそのために、この状況を利用しよう。一人で居られるなど、好都合なのだから。 胸の軋みにはそっと蓋をして。大丈夫、やっていける。 愛すべき【孤独】。 (『複数形の幸せ』を知ってる事実の裏返し) 120101 |