居場所贈呈。 「すみません、急に呼び立てて」 「別に構わないわ。応じたのは私だもの」 暗い夜空の下、眠らない街はネオンできらびやか。私とバーナビーの立つアポロンメディアのビル前も、薄暗くも決して寂しい訳では無い。 ただ、私の心は正反対。自分で応じたとは言え、ぐるぐる回る黒い感情と自己嫌悪。ああ、嫌になる。 「それで、用件は?」 思考を掻き消すように言葉を紡いだ。これ以上ループされたら、狂いそうな気がして。 真っ直ぐ見詰めた、翡翠の眼。射抜かれたように、縫い付けられたかのように、私の身体は硬直する。 「貴方に暴言を吐いたことを、謝ろうと思って」 「……ぼう、げん?」 「何が嫌なのかと問い質した挙句、嫌いだなんて」 そういって、彼は悲しそうに少し目を伏せた。何故、貴方が、そんな顔をするの?そんな事、わたしの前でする理由なんか、何も無いのに。 言葉が紡げない。思考が上手く、働かない。 ぐるぐると回る感情は何時か現実になって、軽い眩暈を引き起こした。景色が、揺れる。 「ハリエット!」 バーナビーの声が、遠くに聞こえた。 倒れそうになっていたのだろう、私を支える腕が肩に回っている。それが酷く、暖かくて。 ふらふらと安定しない眼が映したのは、不安に染まった期待のスーパールーキー。この瞬間だけは、きっとただのバーナビー・ブルックスJr.なのだろう、けど。 離れようと身体を強張らせた瞬間、優しく、けど強く、彼の腕に、抱き込まれた。 「っ、離し、」 「ハリエット」 もがいて、足掻いて、何とか抜け出そうとしたけれど、名前を呼ばれて、金縛りのようにそれが出来なくなった。 何で、どうして。―――答えは簡単、彼があまりにも苦しそうに、強く優しく呼ぶものだから。 「ハリエット、一人で無理しないでください。距離をおかないで。壁を作らないで。頼ってください、―――僕を」 まるでうなされているような、痛みと苦しみと傷を孕んだ声色。それは酷く、甘美で、愛おしくて。 けど、それでも、私がそれに縋ることは、絶対に許されない、から。 力一杯、彼の身体を押した。ヒーローがそんなに弱いとは思ってなかったけど、彼はあっさりと離れてたたらを踏む。 「ハリエット、」 「来ないで」 お願い、これ以上私を呼ばないで。見ないで。気にかけないで。 俯いた顔を上げることは出来なかった。彼のプライドのため?違う、見てしまったら、私が耐えられないの。 「私は貴方に釣り合わないわ、バーナビー。気の迷いだと思って忘れて。私の事を思ってくれるなら、無かったことにして」 狡い。狡い。彼の気持ちを分かっているからこそ、私は彼を利用する。私のちっぽけな、プライドの為に。 おやすみなさい、と言葉だけを残して、踵を返した。彼が追ってくる事は、無い。そう、それでいいの。 だんだんと早くなる足は、いつの間にか走っていた。息が苦しくて、それ以上に、ココロが、苦しくて。 自宅に駆け込んで、ドアにもたれ掛かる。ずるずるとへたり込んで、立てた膝に顔を埋めた。 「ごめんなさい、……ゆるさ、ないで」 どうせこの言葉も、自分の為だから。 居場所贈呈。 (言わないで、甘えそうなの) (見せないで、縋りそうなの) (触れないで、壊しそうなの) 120413 |