『誰か』と同じ願いか?







「なまえ、」




答える気なんか、さらさら無かったのに。
今までのように関係ない、で済ませようとしたのに。




「貴女の名前が知りたいんです」




あの翡翠の眼が、私にそれを許さなかった。





ぐるぐると回るのは自責と後悔の念ばかり。ポジティブな事なんか、何一つ浮かんではこない。
今までだったら、ばっさりと切り捨てていたのに。バーナビー相手だと、それが出来ない。しない。やりたくない。
その理由が分からないほど、子供でもない。けど、その理由を認められるほど、大人でもない。
何者にも成りきれない、憐れで愚かな半端者。


「…………っか、げほっ!」


込み上げる吐き気をやり過ごす。
数回咳き込んでから、深呼吸。気分が悪い。思考が纏まらなくて、自問自答。自己嫌悪。
ループして戻った先は最初じゃない"何処か"。


「駄目だって……分かってるのに…!!」


嗚咽混じりの私の声、ああ、なんて情けない。
最低限のスペースに音はない。だから、自分の声が物凄く、響いて。ぎちり、と、思考がソレに締め付けられる。

人と関わるのは、とても怖いこと。
私が嫌いな"ヒーロー"になったのは、人と関わらなくていいから。"ヒーロー"として関わっておけば、私"自身"と関わる事はない。
薄っぺらな仮面を被っていればいいと思った。なのに。それ、なのに。

私は"彼"との関わりを望んでしまった。

相反する感情は、揃って私を責め立てる。攻め立てる。
認めてしまえば良いのに、許さない私のプライド。捨てれば良いのに、出来ない私の感情。
まるで内部から身体を裂かれたよう。じくじくと痛んでは、それが広がっていく。
痛い。痛い。ああ、どうかなりそう。


「…………いたい、……」


マシになるかと思って言葉に出した。結局、何も変わる訳が無く。
これは罰なのだろうか。ヒーローを嫌う人間がヒーローになるなど、言語道断だと。

ヒーローを壊しかねない自分が、ヒーローに近づくなと。

漸く治まってきた動悸に、大きく息を吐き出す。
寝てしまおう。そうすれば、多少なりとも落ち着くだろうから。
ベッドルームに向かおうと足を進めたとき―――腕に付けられたPDAが、無機質な音を作り出した。
出動要請のコールじゃない。となると、会社か、誰かからか。


「…………ハロー?」

『バーナビーです。今、お時間頂いても?』


びくり、と身体が跳ねる。サウンドオンリーで、本当に良かった。
ふう、と短く息を吐いて、速い鼓動を落ち着ける。大丈夫、大丈夫。


「……こんな夜に?急ぎかしら」

『すみません。でも、早い方が良いと思って』


僅かな違和感。私の言葉に、ハッキリした肯定も否定も返されていない。クールがどうかは知らないけど、スマートな彼らしくない。
そう思ったことに、自嘲。"らしくない"と感じるくらい、私は彼を意識していたのだ、と。


「……構わないわ。何処かに行けば良いの?」

『ありがとうございます。…では、アポロンメディアの前でお願いします。この時間なら、もう殆ど人通りもない』

「素顔の人気ヒーローは大変ね。―――向かうわ」

『はい。では、後程』


呆気なく切れた通信に、大きく息を吐いた。なんてタイミングの悪い。
それよりも、"向かう"と言った事に自己嫌悪。何故断らなかったのか。今日は、いや、今日でなくとも、彼に関わるのは避けようと思っていたのに。
意志と感情と行動が、全く伴わない。なんてことだ。


「……私、は…」


どうしても、この想いを認められない。






『誰か』と同じ願いか?
(それは有り得なくて)
(有り得てほしくて、)
(狭間で無限ループを)



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