願いの意味が変わる時。 最初に浮かんだのは、やらかした、という冷静なモノだった。 自分の能力は重々承知していたのに。身体は不自然な風にさらわれることなく、重力に従って落ちていく。 目を閉じた。このまま、この生が終わるならそれもいい。 ―――けど、何時まで経っても痛みは無い。 ゆっくり瞼を開けた前には、輝きの失せたピンクと、翡翠の瞳。 「大丈夫、ですか」 「……ええ。ありがとう、バーナビー。下ろしてくれる?」 厭味でも言われるかとも思ったけど、それ以上何を言われることもなく、彼は私をすんなりと地面に下ろした。 焦ったように、こちらへ走って来るのは、ワイルドタイガー。 「おい、何してんだよ!死ぬかもしれなかったんだぞ!」 「そうね。でも、死んでないからそれでいいわ……お先に、」 喚くような反論は無視して、横を通り過ぎた。 心臓が煩い。理由は幾つか思い付いたけど、危険による生理反応だと位置付けた。 それ以外の理由など、あってはならないのだから。 「ラグナロク君!大丈夫かい?」 「……ええ、大丈夫です。貴方が気に病むことなど何もありません、KOH」 先手を打って、そう紡ぐ。予想通り、彼は謝ろうとしていたのだろう、しかし、とちょっと困った様に言い澱んだ。 そのマスクの下は、きっと眉を下げているのだろう。 一礼して、アポロンの車へ。 それに気付いた斎藤さんが、あの、独特の笑みを浮かべた。 『大丈夫だったのか』 「問題ありません。私も、スーツも」 『そうか、ならいい』 超が付くほどの小声に反応して、横をすり抜ける。顔は見ない。 一人きりになってから、仮面を外した。ずるずると、壁を背にして座り込む。 早鐘を打つ心臓は、まるで責めるようで。 「違う、……知らない、関係ない。嘘だ、嘘だ、嘘、―――忘れて、しまえ」 零した言葉は、誰にも拾われない。 * 物の少ない自室で、シュテルンビルトの夜景を見下ろす。 手に残る感覚は、あの華奢な身体の重さと、暖かさ。 『大丈夫、ですか』 『……ええ。ありがとう、バーナビー。下ろしてくれる?』 向けた言葉は、情けないことに震えていた。そして、同じ様に、何処か、彼女の言葉も。 そして、あの瞬間、安堵した。 彼女を助けられたことに。彼女が死ななかったことに。 「―――俺、は」 あの瞬間、歓喜した。 素直に向けられた、彼女からの礼に。 そこまで理解しても分からないほど、子供じゃないし、鈍感でも無い。 『僕は、貴方が嫌いです』 あの言葉は、 『ありがとう、私もよ』 ―――今からでも、撤回できるだろうか。 願いの意味が変わる時。 (貴方の言葉が聞きたくて) (貴方の感情が知りたくて) (想いがシフトしていく、) 110702 |