時計草の囁き。






デビューから、少し経って。
何回かあった出動要請にも普通に出て、普通に逮捕、救助して、あの決め台詞を言って―――何もなく、生活していた。
ただ一つ、視線が気になることを除けば。


「……何かしら、バーナビー。私に用事?」

「いえ、特には」


そう、バーナビーの視線。タイガーからも感じることはあるけど、この男ほど頻繁じゃないし、鋭くもない。
暫くお互いに睨み合ってから、ふいと顔を逸らした。時間の無駄。
それでも、刺さる視線は止まらない。頭の中で止まない警鐘が、いい加減煩くなってきた。


「"特には"と言うのなら、こちらを睨むのを止めていただける?」

「僕が貴方を睨んでいると?自意識過剰もいいところですね」

「―――あら、自分の行動もわからないのね。受診をお勧めするわ、いい医者なら紹介するけど」


翡翠色の眼が鋭くなる。クールなスーパールーキーが聞いて呆れるわ、寧ろ、内側は結構な激情家だと思うのだけれど。
重く澱んだ、刺すような空気。現場でだって、こんな空気にはならない。


「僕は、貴方が嫌いです」

「ありがとう、私もよ」


表情は崩さない。嫌われるのは慣れてるの。
お互い嫌い合っているのなら、どちらかが好きでいるよりずっといい。マイナスとマイナスはプラスだけど、マイナスとプラスはマイナスだから。

くるり、と踵を返したとき、捕まれた腕。
ゆっくり振り返れば、鋭利で、嫌悪も、憂いさえも孕んだような翡翠に私が映る。


「っ、いい加減に―――」

「貴方は、」


ぎし、と悲鳴を上げたのは捕まれた腕か、思考か、それとも、感情か。
振り払う事が出来ないのは、力の差だと言い聞かせた。この感情は、ただの勘違い。


「何がそんなに、嫌なんです?」


言葉を理解した瞬間、その手を勢いよく振り払った。
意外なほどあっさりと離れたのは、彼が力を入れてなかったから?
それなら、さっきまで振り払えないほど強いと思ったのは―――


「貴方に、関係ないわ」


気丈に反論するフリをして、その思考を振り払った。
見据えた翡翠は、困惑の色を示す。ああ、なんて酷い人。
言葉を連ねられる前に、トレーニングルームを出た。煩い耳鳴りは、まるで沈黙のよう。
それを掻き消したくて、イヤフォンから曲を流した。
雑音は、消えない。







時計草の囁き。
(そんな声を出さないで)
(そんな眼をしないで、)
(あの"受難"が甦るから)



110610
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