悲観的すぎて、どうしようもない。








―――"ヒーロー"だなんて、馬鹿げてる。

服にしか見えないヒーロースーツと、注文通りに作らせた仮面をつけてる自分が、言えたことじゃないけど。ああ、なんて馬鹿らしい。
見えない嘲笑と自嘲を湛えて、飛び出していく。
仕事は仕事。駄々をこねる気はない。









「ったく…どうするよ、バニーちゃん」

「バーナビーです。……どうしようもこうしようもないですよ」


物影に隠れながら、胸中で悪態。
今回の犯人の頭はNEXTで、よりによって、重力操作などという厄介な能力持ちで。
ハンドレットパワーを使っても、どうなるか分からない。対峙しているときに切れたりしたら、それこそ終わりだ。
他のヒーロー達も、迂闊に手を出せずに居る。


「…………ねえ、何してるの?」


不意に、背後からかかった声。
振り返ると、そこにはキモノとドレスを混ぜたような服に、何かの動物を模したらしい、奇妙な仮面を付けた人間が立っていた。


「お前……」

「行かないの?なら、どいて」

「は?」


オジサンと僕の怪訝な声を無視して、その人間はゆっくりと、まるで散歩でもするかのように歩き出す。―――犯人達に、向かって。
制止の声は、聞き入れられない。


「止まれ!」

「…………」

「止まれって言ってんだよ!!」


犯人がNEXTを発動する。ほぼ同時に、その人も。
歩みが止められる気配はない。いや―――歩みを、止めない。
驚愕に染まる犯人の表情は、酷く滑稽だったが、それを笑う余裕もない。
なんだ、あの、能力は。


「なっ、うわっ!」

「大人しくして。手荒な真似は好きじゃないの」


足掛けをして、後ろ手に拘束。
目を見張るほどの素早さと、手際の良さ。唖然とするほかない。


『なんと!颯爽と現れた謎の人物が、あっさりと逮捕!!噂になっていたニューヒーローだァ!』


実況の声も、何処か遠い気さえした。
その人は、正面――偶然にも、僕達の居る方――を、見据える。


「黄昏と終焉を授けようか。"ラグナロク"の名の下に」


囁きのような言葉は、やたらと響いて。
一瞬の静寂の後に、人々の歓声に掻き消された。









「……アポロンの新入社員―――ヒーローと言えばいいの?私は"ラグナロク"。よろしく」


何処までいっても、その声に抑揚はない。
差し出された手を握った。酷く冷たいその手を。
オジサンとも同じように握手して、離してもらえないことに、ラグナロクは顔をあげた。
来ている服は普通のスーツだが、仮面だけはそのままで。表情は、分からない。


「……何か?」

「お前、ヒーローならもっと愛想持てよ。愛されて慕われるのがヒーローだろ?」


ずい、と顔を近づけるオジサン。はあ、またお節介ですか。
ラグナロクはといえば、軽く手を振り払うと、さっと距離をとった。


「…面倒」

「おい、今なんつった?」


ラグナロクの零した言葉に、オジサンが突っ掛かっていく。
表情は見えないが、本人に気にした様子はない。


「面倒と言ったの。…そもそも、ヒーローだなんて、馬鹿げてる」


酷く冷めた声だった。
何処にも行かず、何にも響かず―――そのくせ、何時までも残っている。


「"英雄"の概念が嫌い。ヒロイズムに溺れて、英雄伝説の真似をして、何がヒーローだと言うの?人間でしかないのに。―――"神"に近付きすぎた英雄は、翼を溶かされ地に落ちる」


おこがましいと言いたいのだろうか。
それならば何故、ラグナロクはヒーローに従属する?
仮面の奥の表情が見える筈もない。声は、相変わらず冷めたまま。


「顔合わせだけでしょ?お先に失礼するわ」

「おい、待っ…!」


オジサンの制止も聞かず、その姿は部屋を出た。
その方向を見据えながら、名乗られた名前を零す。


「…ラグ、ナロク……」








悲観的すぎてどうしようもない。
(冷めた、酷く悲しい声に)
(ざわりと感情が波立った)
(何がそんなに苦しいのか)




110609
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