悲観的すぎて、どうしようもない。 ―――"ヒーロー"だなんて、馬鹿げてる。 服にしか見えないヒーロースーツと、注文通りに作らせた仮面をつけてる自分が、言えたことじゃないけど。ああ、なんて馬鹿らしい。 見えない嘲笑と自嘲を湛えて、飛び出していく。 仕事は仕事。駄々をこねる気はない。 * 「ったく…どうするよ、バニーちゃん」 「バーナビーです。……どうしようもこうしようもないですよ」 物影に隠れながら、胸中で悪態。 今回の犯人の頭はNEXTで、よりによって、重力操作などという厄介な能力持ちで。 ハンドレットパワーを使っても、どうなるか分からない。対峙しているときに切れたりしたら、それこそ終わりだ。 他のヒーロー達も、迂闊に手を出せずに居る。 「…………ねえ、何してるの?」 不意に、背後からかかった声。 振り返ると、そこにはキモノとドレスを混ぜたような服に、何かの動物を模したらしい、奇妙な仮面を付けた人間が立っていた。 「お前……」 「行かないの?なら、どいて」 「は?」 オジサンと僕の怪訝な声を無視して、その人間はゆっくりと、まるで散歩でもするかのように歩き出す。―――犯人達に、向かって。 制止の声は、聞き入れられない。 「止まれ!」 「…………」 「止まれって言ってんだよ!!」 犯人がNEXTを発動する。ほぼ同時に、その人も。 歩みが止められる気配はない。いや―――歩みを、止めない。 驚愕に染まる犯人の表情は、酷く滑稽だったが、それを笑う余裕もない。 なんだ、あの、能力は。 「なっ、うわっ!」 「大人しくして。手荒な真似は好きじゃないの」 足掛けをして、後ろ手に拘束。 目を見張るほどの素早さと、手際の良さ。唖然とするほかない。 『なんと!颯爽と現れた謎の人物が、あっさりと逮捕!!噂になっていたニューヒーローだァ!』 実況の声も、何処か遠い気さえした。 その人は、正面――偶然にも、僕達の居る方――を、見据える。 「黄昏と終焉を授けようか。"ラグナロク"の名の下に」 囁きのような言葉は、やたらと響いて。 一瞬の静寂の後に、人々の歓声に掻き消された。 * 「……アポロンの新入社員―――ヒーローと言えばいいの?私は"ラグナロク"。よろしく」 何処までいっても、その声に抑揚はない。 差し出された手を握った。酷く冷たいその手を。 オジサンとも同じように握手して、離してもらえないことに、ラグナロクは顔をあげた。 来ている服は普通のスーツだが、仮面だけはそのままで。表情は、分からない。 「……何か?」 「お前、ヒーローならもっと愛想持てよ。愛されて慕われるのがヒーローだろ?」 ずい、と顔を近づけるオジサン。はあ、またお節介ですか。 ラグナロクはといえば、軽く手を振り払うと、さっと距離をとった。 「…面倒」 「おい、今なんつった?」 ラグナロクの零した言葉に、オジサンが突っ掛かっていく。 表情は見えないが、本人に気にした様子はない。 「面倒と言ったの。…そもそも、ヒーローだなんて、馬鹿げてる」 酷く冷めた声だった。 何処にも行かず、何にも響かず―――そのくせ、何時までも残っている。 「"英雄"の概念が嫌い。ヒロイズムに溺れて、英雄伝説の真似をして、何がヒーローだと言うの?人間でしかないのに。―――"神"に近付きすぎた英雄は、翼を溶かされ地に落ちる」 おこがましいと言いたいのだろうか。 それならば何故、ラグナロクはヒーローに従属する? 仮面の奥の表情が見える筈もない。声は、相変わらず冷めたまま。 「顔合わせだけでしょ?お先に失礼するわ」 「おい、待っ…!」 オジサンの制止も聞かず、その姿は部屋を出た。 その方向を見据えながら、名乗られた名前を零す。 「…ラグ、ナロク……」 悲観的すぎてどうしようもない。 (冷めた、酷く悲しい声に) (ざわりと感情が波立った) (何がそんなに苦しいのか) 110609 |