仮初めの諦め。






―――ハリエットに押された肩が熱を持ち、じりじりと酷く、痛むようで。
拒絶されたことよりも、何よりも、ハリエットの発した言葉が苦しそうで、痛そうで。


『私は貴方に釣り合わないわ、バーナビー。気の迷いだと思って忘れて。私の事を思ってくれるなら、無かったことにして』


なんて狡い言葉。そう言えば、何も出来なくなると分かって言ったのだろう。
だが、それなら何故、ハリエットはあんなに苦しそうだったのか。何故、あんなにも泣きそうだったのか。
答えは勿論、分からない。ハリエットになれる訳も無いのだ、分かったら嬉しいが、それはそれで怖い。


「……困った」


今までなら、その意味合いの言葉で冷めたのに。自分勝手な言葉には、怒りすら覚えたのに。
今回は真逆だ、だからこそ捕まえたいと思ってしまう。一人で居る苦しみは、嫌というほど分かる、から。
ハリエットには一人で居てほしくない。抱え込んでほしくない。あの言葉は、間違いなく自分の本心だ。


「……これで諦めると思ったら大間違いですよ、ハリエット」


誰にも拾われない決意は、星の見えない夜空に吸い込まれていく。









無意識についたため息を、ごまかすように飲み込んだ。そんなこと、出来る訳もないのだけれど。
バーナビーがそれを目敏く拾う前に、さっさとそこから離れる。彼の行動も、それから逃げる自分の行動も、結局は私を疲れさせるだけなのだけど。


「ハリエット、どちらに?」


ああほら、やっぱり来た。完璧なバーナビースマイルを湛えて、この男は私を見据える。
最初こそぎょっとしていた他のヒーロー達も慣れっこで、こちらに視線すら向けなくなった。助けてくれるなんて、微塵も思っていないけど。


「私の勝手でしょう。貴方、どういうつもり?」

「どう?僕は僕のしたいようにしているだけですよ」


とんだ理不尽。そういうことを問うている訳じゃないと分かって、この返答をするのだから。
どうしようか、と正直悩んでいると、バーナビーのPDAが音を立てた。緊急では無いにしろ、コールである事に違いは無い。
残念、と彼は零して、トレーニングルームを出ていった。


「……大変ねェ、ラグナロク?」

「そう言うなら何とかしてほしいわ、ファイアーエンブレム」


あら、人の恋路を邪魔する趣味は無いわ、と彼は笑う。私からすれば、それすらも迷惑でしかないのだけど。
それでも、彼は穏やかに微笑んだまま、満更でも無いんじゃないの、と軽口を。まさか、と零した独り言は、見事に拾われてしまった。


「ねェ、貴方、分かっているんでしょう?」

「…………さあ、どうかしら」

「ホラ。否定しないんだもの、分かってるってことでしょう」


全く上がらない語尾、ああ、なんて鋭い人。流石、と言うべきなのかもしれないけど。
でも、それでも。私がこの感情を受け入れて、彼を受容する訳にはいかないのだから。蓋をするのには、慣れているの。
肯定を沈黙で返す私に、彼はちょっと困ったように眉を下げた。あのねェ、と紡がれた言葉は、やっぱり穏やかで。


「理屈じゃないのよ、そういうのは。押さえ込んだところで、何も良いことなんか起きないわ。そうでしょう?」

「……分かっているのと、出来るのは違うことよ。理不尽な事くらい、知ってるわ」


ぐらぐらと揺れる思考。やめて、これ以上、私のたがを緩めないで。外さないで。お願い、壊さないで。
私の心情を知ってか知らずか、ファイアーエンブレムは穏やかに微笑んでみせた。


「なら、素直になった方がいいこともわかるでしょう?」


それだけ言って、ひとつウインクをして、彼は私に背を向けた。
分かってる。頭では理解してる。でもダメなの、感情が、過去が、能力が私の邪魔をするの。

今更、何をどうしろと。








仮初めの諦め。
(言い聞かせれば何時か無くなる)
(そう言い聞かせ、言い聞かせ、)
(矛盾には勿論、気付かないフリ)



120705
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