狂犬の再会

「そこまでだ、マッドドッグ」

 後ろから手刀を当てられ、同時に背中に拳が入った。口の中のものを飲み込むことは叶わず、ナマエはえづいた。意識を失う前に自分の肋骨に拳を当てて覚醒させる。

「……やっぱりただのストーカー野郎ね。盗聴されてるとは思ってたけど、ずいぶんやらしいタイミングで登場するじゃない。ずっとそこで待ち伏せてたの?」

 げほっ、がはっ。断続的に胃液が漏れる。素早く駆け寄ってきたコナンがハンカチでカプセルを拾おうとしたのを、足を踏み出すことで阻止する。足の下敷きになって胃液まみれの床に飛び散ったカプセルの中身を、ナマエは躊躇いもなく這いつくばって舐めた。その背中に沖矢昴の足が置かれる。ドゴッと重い音を立てて背中を殴打した足で、そのまま仰向けに転がされた。

「あら…お姫様が寝てる…からって、子どもの、前で、随分な仕打ち…ね。情操教育上、そういうの、よくないわよ…?赤いネズミさん?」

 荒い息で、床に転がったままナマエは沖矢昴を睨み付けた。

「…這いつくばって床を舐めるとはあなたには似合いの恰好ですが、舐めるのはミルクだけにしておいた方がいいですよ?…マッドドッグさん?」

「その呼び方、止めて。じゃないとあの子に何もかもばらすわよ」

「おや、このままあなたを自由にさせておくとでも?」

「事前に聞いてはいたけど、その喋り方、気持ち悪いわ…よ」

 少し離れたところで、いまだ張りつめた気配を保ちながらコナンがこちらを見詰めているのが分かる。二人のただならぬやり取りに入ることができず、息を詰めているのが分かる。しかしその視線を気に留めた様子もなく、沖矢はナマエの腹に足をめりこませた。顔を横向けて胃液を吐いたところを再びうつ伏せの状態に転がされ、後ろ手に両手を拘束される。

「コナン君、水を」

 その言葉で硬直が解け、コナンが弾かれたように動き出した。すぐに口元に水が宛がわれる。毒を全て吐き出させるつもりなのだろう。

「飲め」

「…っ」

意地でも飲むまいとしたが、鼻を塞がれ、顎を持ち上げられ、無理やり何度も吐きながらも飲まされた。大量に。
 かと思えば今度は喉奥に指を突っ込まれる。

「吐け」

 声は違うが、紛れもない赤井秀一の口調。ナマエは生理的な涙をぽろぽろこぼしながら、何度もその手に噛みつこうとした。しかしものすごい力で口を強制的に開かされ、また水が流し込まされる。せき込むことすら許されなかった。
 再度水があてがわれた一瞬の隙に、思い切り口の中に突っ込まれている手を噛んだ。鉄の味が広がる。たとえ食い破られてでも手を引っ込める男ではないから、ナマエが自分の舌を噛み切ってしまったわけではないだろう。ナマエは微かに笑った。彼の商売道具である利き手ではないにしろ、わずかでも彼に傷を付けることができるとは。
 瞬間、ものすごい力で後頭部を押さえつけられ、床に顔が押し付けられた。

「自分が出したものを全てその舌で処理させられたいか…?もうお前の意志では何もすることができんぞ」

 ぐい、と顔をひっぱりあげられ、男の顔が正面に来る。ナマエはぷっと唇をすぼめてその顔に唾を吐いた。

「往生際の悪い犬は躾け直しが必要ですかね…。強者には潔く負けを認めて腹を見せるのがあなたの数少ない美徳だと思っていたのですが」

 耳元でささやかれた言葉に、ふっと笑いが漏れた。このくらいのことは、いや、もっとおぞましいことですら、強要されてきた。やはり脅しが生ぬるい。かつては黒の組織の内部深くまで潜っていた男とも思えない。
 ナマエは自ら、床に舌を這わせて、自らが吐き出した胃液や唾液を舐めとって見せた。薬の周辺は既にコナンのハンカチで拭き取られているので、これ以上毒を摂取することは叶わないだろうが。
 ハァ、と溜め息が聞こえた。流石にオとされるかとも思ったが、意識のない相手に水を飲ませるのは至難の業だ。意識を飛ばされることはなかった。代わりに。

「え、昴さん?」

「ここからは大人の領域だ、ボウヤ」

 沖矢が水をぐいっと口に含み、コナンの目を覆うのが見えた。次の瞬間。

「ん…っ、……ふ…ぅ…っ」

 憎い男に、口の中をいいようにされている。そう分かった瞬間、体中が燃えるように熱くなった。怒りによってだ。
 …ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。
 しかし手で上顎、下顎ともに固定され、舌でこじ開けられた口内は、容易に水を受け入れた。水が胃に流れ込み、そしてまた喉奥まで指どころか拳ごとつっこまれて吐かされる。それの繰り返しだった。
 終わる頃には、もう何度吐いたのかもわからなくなっていた。



「……ッ!彼女は!?」

 目を覚ました途端、昨晩のことを思い出した灰原は、勢いよく飛び起きた。それにコナンが静かに答える。

「ああ、昨日来てた彼女なら今は隣の家で眠ってるよ。説得して仲間に引き入れた。オメーは何も心配すんな」

 …正確には昴が説得して仲間に引き入れている最中、だが。

「彼女の忠誠心はジンが認めるほどだったのよ!?そんな簡単に…!大体昴さんの身だって危険に……!」

「あー、まぁ、あの人は心配しなくても大丈夫だと思うぜ?」

「そんな保障がどこにあるのよ!」

「落ち着けって。彼女には一切何も知らないふりをして、東都大学の留学生ってことにしてもらうことで話しがついたからよ」

「あなた一人で説得したっていうの!?」

「交換条件つきでな」

「交換条件って何よ!」

「そ、それは今は言えねぇけど」

「……っ」

 言葉にならない。
 灰原が気を張り詰めているのがびしびしと伝わってきて、コナンはひそかに息を吐いた。



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