お父さんは心配です

 昼日中、子どもたちは学校へ行き、世間の大半の人たちが働きに出ている時間帯。
 訪れた珍しい訪問客を迎え入れるため、沖矢は腰を上げた。

「…これはこれは。いつもお世話になっています、………工藤優作さん?」
「連絡もなしにすまないね」

 のどかでうららかな昼下がりだというのに、その屋敷の玄関には、ピリピリとした空気が充満した。
 台所へ向かう途中、優作の目は目ざとく並んだ酒瓶を見つける。

「これは?」
「ああ…すみません、私が勝手に持ち込んだ嗜好品です。ナマエさんとコナン君の言葉に甘えて…」
「ほう…まあ、好きに過ごしてもらって構わないがね」
「どうもありがとうございます。」

 と、優作は、今度は台所の隅に置きっぱなしになっている買い物袋を目ざとく見つけた。

「ああ、すみません、ちょうど今しがた買い物から帰ってきたばかりで…」

 中にはトイレットペーパーや油や洗剤といった、食材以外の日用品が入っている。ちょうど近くの薬局がセールをしていたので買い込んできたのだ。

「いやいや、娘も使うものばかりだろうに、君に買わせてしまってすまないね」
「とんでもない。それより、紅茶かコーヒーでも?」
「…では紅茶を。と、その前にお手洗いに行かせてもらうよ。」
「それでは私はその間に用意を」

 やがて戻ってきた優作は、先ほどまでよりも剣呑な目つきで沖矢を睨んだ。
 沖矢は事もなげにお茶を用意し終えたが、相変わらず二人の間には剣呑な空気が漂っている。しかし沖矢は内心不思議に思っていた。急な訪問もそうだが、まるで敵視されているような鋭い視線。協力者としてしか認識していなかったのだが、自分は何かしてしまっただろうか?

「ああ、お茶をどうも。ここは私の家なのに、用意させてしまって申し訳ないね」
「いえいえ。間借りさせていただいている身ですから。…ところで、今日はなぜ?」
「たまには愛しい娘の顔でも見ようと思って来たんだが、思ったより早く着いてしまってね……」

 小学生が帰宅するまでにはまだあと二時間ほど時間がある。わざわざ計算してこの時間帯に来たに違いない、と沖矢は推測した。そして、向けられている敵意の理由にも何となく察しがついた。

「……ああ、ナマエさんですか。とてもいい娘さんですね。それにとても賢い…さぞご自慢の娘さんでしょう」
「おかげさまでね…最近ではますます妻に似てきて美しくなってきているようだ。父としてその成長ぶりを間近に見られないのはとても残念だよ…」
「…そういえば、小学生なのにこの大きなお屋敷に一人というのも珍しい話ですね。お隣に阿笠博士がいますから、もちろん何も心配はないと思いますが…」
「ええ、阿笠博士には小さい頃からよくしていただいて…おかげで安心して娘を任せられますよ。阿笠博士にはね」

 “阿笠博士には”という部分を強調した優作に、沖矢は自分の推測が当たっていることを確信した。

「私が彼女と一つ屋根の下に過ごしていることが心配ですか?」
「まさか。問題なんか何も起こるわけないでしょう?」

 互いににこにこと笑みを浮かべて入るが、一皮めくれば剣呑な空気が潜んでいる。

「…信用されているようで何よりですよ」

 結局、ナマエが帰ってくるまで、剣呑な空気が和らぐ瞬間は一瞬たりともなかったのだった。



「はぁ?ナマエをアメリカに寄越せ?んなもんオレに言われても知らねーよ。それにあいつに今抜けられたら困るんだよ」

 珍しく父親からかかってきた電話に、何事かと思ったコナンは、数十秒後には呆れた表情になっていた。要件はナマエのことに関してらしい。

「昴さんが?…別にそんなの昴さんのせいじゃねーだろ」
『だが新一!…見てしまったんだよ、前はなかったのに、トイレの棚に…』

 いつも冷静でいろいろな物事を見抜く父親のことは尊敬しているが、こと娘のことになるとどうも視界が狭くなるらしい。

「せ、生理用品って……知るかよそんなの!」

 コナンは電話口で思わず声をひそめ、頬を染めた。妹の二次性徴など知らされても困るだけだ。

『よく知りもしない男に生理用品を買われるなんて…ナマエだって嫌にきまってるはずだ!』
「いや、だから知らねーっつの!それにあいつがそんなこと気にするようなタマかよ?」

 どうも、この前訪れた時に台所に置いてあった買い物袋に、油や洗剤といった日用品と共にナプキンが入っていたらしい。そんな重い荷物になる買い物をナマエ一人でするわけはないから、必然的に沖矢が買ったものということになる。優作はそれが許せないらしかった。

『トイレの小さなゴミ箱も設置し直されていたんだぞ…しかも掃除は彼がやっているらしいじゃないか…くそっ、もっとよく考えるべきだった…!年頃の娘といい年した男を住まわせるなんて…!』
「ちょ、あのなぁ父さん、昴さんがどんな人かなんてわかってるだろ!?あの人をモデルに小説まで書いてるぐれーなんだからよ。しかも年頃って、あいつまだ小学生だぞ?」
『関係あるか!あんなに美人なんだ、どんなに理性的な男でも虜にしかねん…やっぱり今すぐアメリカに…!』

 コナンが何を言っても、優作をなだめることはできなかった。



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