雨の夜

 雨の夜、阿笠が外に出ていると、ナマエはいつも門の前に立つ。傘を差し、長靴を履いて、まるで何かを待つように、一時間も二時間も。見かねた阿笠博士やコナンが無理やり家の中に連れ込まなければ、そのままずっと立っていることもあった。
 そしてある日の雨の夜、阿笠は工藤邸の門の前で、二人の少女を見ることになる。



「…なぁ、ナマエ、オメー…もしかして、分かってたのか?」

 あれ以来、雨の夜に外で立つのをぴたりと止めたナマエに、コナンは思わず尋ねていた。

「何を」
「…灰原のことだよ」

 だって、そうでなければ説明がつかない。雨の夜、宮野志保を見つけるために外に立っていたのだとしか。

「そんなの分かるわけないでしょ。…別に、ただ、何となくそんな気分だったんだよ」
「…まぁ、だよな」
 
予知能力なんてものがあるわけもないし。…だが、自分の妹ならばありうるのでは、と一瞬考えてしまうあたり、新一もといコナンも身内には思考が緩い。



「ってことがあったんだよ」
「…雨の夜、いつも門の前に?」

 しばらく経って、灰原の存在もすっかり馴染んできた頃。コナンがナマエの不可思議な行動について話すと、灰原は忙しなくキーボードを叩いている手を止めた。

「まさか、私が来るのが分かってたなんて、そんなわけないでしょう」
「だよなぁ。…でも、あいつ時々そういうとこあんだよな」
「そういう所って?」
「まるで何が起こるか分かってるみてーなさ。オレが縮んだ時もまるで最初から知ってたみてーに動じなかったし。…ま、気のせいだろうけどな」

 コナンはあっけらかんと笑ったが、灰原は、あの日の夜のことを思い出して手を動かせないままだった。

 …あの日、あの、冷たい雨の降りしきる夜。もう他に行き場はないと、工藤邸の前に何とか辿り着き、力尽きて倒れる寸前、差しかけられた傘。自分を抱きとめた腕。すぐに気を失ってしまったためにはっきりとは覚えていないが、あれは恐らくナマエだったのだろう。
 あの時、ナマエの口が動いたのはぼんやり見えた。何を言ったのかまでは分からなかったけれど。
 ………馬鹿馬鹿しい。本当に先が見えるならこんな苦労はしない。
 灰原は浮かんだ考えを振り払い、再び指を動かし始めた。
 
――――待ってたよ。

 そんなことを、宮野志保に向かって言える人間は、もうこの世に存在しないはずなのだから。



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