腹の探り合い3

 一夜が明けた朝。まさかこの男と肌を重ね合わせて同じベッドで目覚める朝が来ようとは、思っていなかったが。
 結局彼は最後まで自分の快楽を求めることはしなかった。ただナマエに優しい快楽を与え、人肌の温もりを教え、あやすように抱きしめて寝ただけだった。しばらくぶりに安らかな気持ちになった気がする。
 先に身を起こしたのはナマエの方だった。呼吸の調子からして、赤井の方も覚醒しているか、少なくとも深い眠りではない。

「……ん」

 声を出そうとして、喉が掠れていることに気付いた。しかし組織でのように、絶叫させられたわけでも泣き叫ばされたわけでもない、ただ気だるいだけの朝。なんて生ぬるい。

「…夢でもおかしくないなぁ、こんなの」

 声は出るらしい。我ながら思ったより艶のある声が出てしまって、思わず感心した。
 赤井の方を見る。目を開ける様子はない。何となく観察しているうちに、ナマエは不意に自分の口角が上がっているのに気付いた。自分の顔面なのに笑っている状態に違和感がありすぎて、鏡を見ずとも気づいてしまう。
 思わず顔をそらして、そんな自分にまた少し動揺する。一体何を動揺することがある?

「…夢にされては困る。それにしても思ったよりイイものが見られたな」

「……いつから起きて」

「目を閉じていただけで、寝ていない」

「そんなんだからそんな隈が…いや、まぁいいや。沖矢昴になる?」

「そうだな…」

 そうだな、と言いながら赤井は寝転がったままナマエの方に手を伸ばした。その手が肩をかすめた瞬間、情けなくもびくりと震えたが、それは見なかったことにしてくれたらしい。
 …流石に、一晩の“正しい”セックスくらいで、今までの異常なセックスの記憶が消されるわけではない。それに、昨晩の彼の手はどこまでも優しかったが、その前は自分に拷問紛いの尋問を重ねて来た相手だ。その手から感じられるものは、今はまだ優しさや情よりも、恐怖や暴力の割合の方が大きい。
 しかし赤井は気にした様子もなくナマエの肩を抱き寄せた。女の扱いには慣れているらしい。この顔と体なら当然か、とも思う。その背に手を回してもいいものだろうか?昨晩はもうぐちゃぐちゃの状態で何のためらいもなくそうしたような気もするけれど…こういう朝はどうしたものだろうか。
 考えあぐねていると、微かに笑われていることに気付いた。

「………何。意外に初心だとでも言いたいわけ?」

「よくわかったな」

「………」

「好きにやれ。今更手順なんかどうでもいいだろう。どうせ抱きしめてキスをして始まった関係でもあるまいし?」

 抱きしめて、キスをして。普通のセックスはそういうものらしいが。

「………ひとつ屋根の下に同棲する男女がこんな爛れた関係ってのもよくない気がするから、こういうのはこれ限りにしようか」

「それは提案か?それとも脅しか?」

「脅しになる理由は分からないけど、好きに考えた結果だよ」

「………そんなものは後で考えればいい」

 おでこに軽くキスを落とされた。ある意味型どおりと言えば型どおりなのかもしれない。

「ベッドでは随分紳士なのね?」

「ベッドの上では女性を喜ばせるのがマナーだ」

「……ああ。ベッドの上では相手の望む嘘を吐くこと、他の男の名前は出さないこと。ベッドマナーは私も教わったわ、ベルモットにね」

 しばらくそんな中身の会話をだらだらと続けていたが、赤井は不意にナマエから身を離し、体を起こした。身支度を始めるらしい。それが終わりの合図だった。

「シャワーをお先にどうぞ?」

 先にベッドから降りた赤井が、ナマエの方に芝居がかった仕草で手を差し出した。この手を取ってベッドから降りれば、何事もなかったように戻らねばならない。互いに息をするように嘘をついてきた人種だ。造作もないことではあるが。
 ナマエは小さくひとつ息を吐くと、あっさりとその手に自分の手を預けてベッドから降りた。

「…ありがたく。その後はリビングに居ておくから、必要になったら呼んで」

「ああ、頼む」

 その後は互いに視線を交えることすらなく、二人はてきぱきと動き出した。



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