腹の探り合い2

 情報を得るためでもなく、性欲処理のためでもないなら、一体目的は何か。まさか本気で飼い犬にでもするつもりか。最初はそんな警戒心でいっぱいだったが、事実がそうでないことくらいナマエにも分かっていた。犬にするつもりなら薬でもなんでも容赦なく使うだろう。情を持たせて忠誠心を築かせるつもり、というくらいしか思いつくものがなくなったところで、流石のナマエも赤井秀一という男のことを見直さざるをえなくなった。忠誠心など、たとえ赤井秀一に気を許したところで芽生えはしない。それに、ここまでの労力を支払って目的がただ情を湧かせるだけというならば、いっそ情に流された方が互いに楽だということも分かっていたから。

 …いくら理性が強靭でも、彼が不能でないことはこれまでの行為で分かっている。それなのに自分は服を緩めることすらしないのは、確かに性欲処理が目当てではないからなのだろう。女性の生肌に触れてそれでも何一つ手を出してこないその理性の裏にある意志だけは認めてあげてもいいかもしれない、と、ナマエが思うようになるのもそう遠い話ではなかった。

(…でもそれって、情に流されるって……彼といわゆるセックスをするということ?ファ ックじゃなくメイクラブとして?―いや、無いな)

 自分でたどり着いた答えを、即座に自分で否定する。

(…もういいや。後は流れに任せよう)

 その判断が甘すぎることなど分かり切っていたが、もう、ナマエは疲れていた。赤井にどんな意図があるかはわからないが、最終的に宮野志保さえ守れるなら、あとは、もうなんでもいい。どうせ組織に居た時より酷いことになるわけでもなさそうなのだから。
 快楽に飲まれそうな中。ナマエは、抵抗することを諦めた。



 ふっと彼女の体から力が抜けたのを感じる。

「…ナマエさん?ここで意識を飛ばすなんて無しですよ?」

 そう強い快楽は与えていない。彼女の体力を考えればまだ十分保つ範囲のはずだ。昴は軽く彼女の頬を叩いた。

「……もういい。好きにしたら……」

 自棄なのか諦めなのか受容なのか判断しかねる言葉。ここへきてようやく勝負の終わりが見えた。

「…ようやく降参か?…ナマエ」

 彼女の弱い、境目の部分。耳の裏に息を吹き込み、太ももと腹の間を指でなぞる。彼女はぎゅっと目をつぶって、今までで初めて、赤井の腕にすがった。

「ふ…負けを認めると急に素直ですね?」

 沈黙。赤くなった頬と抑えることを止めた喘ぎ声だけでも十分と言えば十分なのだが。

「無視しようなんて、いけない人ですね…。グッドガール、いい子だからあなたの思いを聞かせてください」

 グッドガール、だなんてまるで犬にコマンドを発する飼い主のような言いぐさだ。ジンも使っていた言葉。

「………」

 彼女がうっすらと目を開き、真上にあった昴の顔に手を伸ばしてきた。驚きに身を引かないよう細心の注意を払いながら待ち受けていると、彼女はもどかしい手つきで昴の頬骨のあたりに触れた。

「どうせなら…アイツの方が、いい…」

 困難なパズルが解けたときのような、難儀な任務がうまくいったときのような、何とも言えない気持ちが昴の胸に広がる。満足感というべきか、達成感というべきか。今はそれが負でなく正の感情であるということだけが重要だ。

「そういえば…お前は“俺”の顔と匂いが好きなんだったか」

「…………」

「お前が変装に協力するのであれば、断る理由はないが?」

 声だけをもとに戻してそう言うと、彼女は無言で昴のマスクを剥がした。同意ということでいいのだろう。彼女の変装術はベルモット仕込みだ。有希子の変装術ももとはといえば彼女と同じところで身に付けたものだから、その協力が得られるなら心強いことこの上ない。

「他に希望は」

「……寒い」

「なるほど。…了解」

 赤井は上半身の服を脱いだ。裸の肌を密着させる。彼女の頬、乾いた涙の跡の上を、新しい涙がたどった。人肌の温もりに触れてようやく融解した彼女の感情の筋が、幾筋も頬に垂れる。

「…………責任とって、なんて、馬鹿なことは言わない…」

 柔らかな肌を抱きしめると、おずおずと彼女の方も両腕を赤井の裸の背に回してきた。まるで初めて恋人と抱き合うように。

「……あなたを信用するのは、私の勝手。…利用したいならすればいい。言っておくけど、」

「その前に言わせてもらうが、信頼関係は一方的には成り立たないものだ。勿論利用はする。だが、ただ利用するだけなら、こんなことまではしない。…それで?」

 お互いに、表情は見なかった。二人とも聡い。声色で大体のところはお互いに分かっていたが。

「……言っておくけど、私、一度気を許した人にはかなり重いから」

「フン」

 裸の両肩に手を置いて、少しだけ距離を取る。真っ向から瞳を見詰めると、真っ向から見返された。

「望むところだ」

 それは宮野志保に向ける執着を見ていれば何となく分かること。赤井は好戦的に笑って見せた。



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