長い長い時間が経てば、幸せだった思い出はもちろん、悲しかった思い出も自分の中で美化されていくものだと思っていたんだ。

出会えてよかったと、好きになれてよかったと、そう思えるくらい綺麗に。


「お久しぶりです、一樹会長」


仕事の都合で母校の星月学園を訪れた。校内は俺が在学してた時と何一つ変わってなくて、見慣れた先生たちと見慣れた景色がそこにはあった。

仕事を済ませ、先生方に挨拶をするとせっかくなんだからと言われ、校舎を散歩してから帰ることにした。

授業に使ってた教室、保健室、生徒会室。あの頃の光景が目に浮かんで来るくらいに姿形に変わりはなかった。

生徒会室でかつて俺が座ってたイスに腰掛けて窓の外を見る。

俺がこの学校にいた時は、どんな考え事をするにも必ずここにいた。ここで心を落ち着かせてたんだ。

懐かしいもんだなぁなんて昔に思いを馳せている時だった、アイツの声が聞こえたのは。

最初は幻聴かと思ったんだ。
鮮明な記憶が作り出したものだと。


「…お前、」

「よかった。さっき陽日先生に一樹会長が来てるって聞いて、もう帰ちゃったかなぁって思いながら探してたんです」

「おう、仕事でちょっとな。あぁ、お前ここの教師になったんだったな。元気にしてたか?」

「はい、毎日頑張ってますよ。」

「そうか。それなら良かったよ。」


俺の隣に並んで窓の外を見る。

月子は何年も見ないうちに綺麗になっていて、あの頃よりも何倍も大人っぽくなっていた。

…そりゃ、もう大人だもんな。


「懐かしいですねこうしてると。一樹会長と一緒に過ごしたことを思い出します。」

「あぁ、そうだな。」

「ハロウィンもクリスマスも大掃除大会も、どれもすごく楽しかったなぁ。今でもやってるんですよ。」


他愛のない思い出話。

月子は再会できたことをよっぽど喜んでくれているのか、嬉しそうに次から次へと昔の話をしてくる。

懐かしいな、とただ笑えばいいだけなのに、それなのにどうしてこんなにも胸が苦しいんだ。

俺は、俺は、コイツを、


「…でも、今だから言えるんですけど、あの頃わたし、一樹会長が好きだったんです。」

「…っ」

「ふふ、言っちゃいました。」


予想もしてなかった言葉に何もかも言えなくなってしまった俺を見て、月子は慌てて手を横に振る。

違うんです、どうにかしたいってわけじゃなくて、とオドオドしながら俺の様子を伺ってくる。

俺の中で膨れあがる感情は昔のものか、今のものか、俺には判別できなかった。


「…俺もだな。」

「?え、」

「俺も好きだったんだ。ずっと。小さい頃からずっとお前だけを見てたし、いつまでも大切だよ、お前は。」


嗚呼、そうだったな。

そんな風に照れて困る顔も好き"だった"んだな。


「そ、そうなんですか。じゃあ昔は両思いだったんですね…っな、なんだか恥ずかしいですね。」

「自分から言い出したくせにか?」

「もうっこんな時までからかわないでください!」

「はは、悪いな」


顔を真っ赤にして俯く月子の頭を軽く撫でてやった。

昔もこうしてよくご機嫌を取ったなぁとか、すぐに笑顔になるからそれを見てるだけで元気をもらってたなぁとかいろんなことを思い出した。


「でも、あの頃の自分がすこし報われた気がして、嬉しかったです。」

「なんだそりゃ。」


報われた、か。

いつか今日ここで話したことも、思い出になって色褪せていくんだろう。

もしかしたら忘れてしまうかもしれない。忘れたことすらも忘れてしまうかもしれない。

だけど、その度にきっとまた新しい思い出が増えていくんだろうな。

すこし寂しい気もするけど、きっとそれが生きていくってことなんだろうな。