雲ひとつない透き通る程の空、眩しいくらいに輝く太陽、暖かく吹きぬけていく風。みんなが"今日は素敵な一日になりそうだね"と笑った。

鏡に映るのは、真っ白なドレスを着て、小さくて可愛いブーケを持ち、薬指で輝く婚約指輪をつけた、他の誰でもないわたし。

女の子が一番輝く場所、誰もが夢を見てる場所に、わたしは今、立ってる。

彼と一生一緒に生きて行くと誓い合う。人生の中で最も大切な日になるはずなのに、それを喜んでいる自分と、それを望んでない自分がいて。


ほんの少しの安心感と、後悔。




「なんだ、お前だけか?」

「っ!」


後ろから聞こえてきた声に驚いて思わず手に持っていたブーケを落としてしまった。バサリと音を立てて床に落ちるブーケから零れた花の香りがふわりとわたしの鼻を擽る。

その声を聞くだけでこんなにも動揺してしまうのは、今も昔もわたしの心が何も変わっていないことを実感させた。



「…こ、琥太郎さん」

「何やってるんだ。ほら、まだブーケを投げるには早いんじゃないのか」


目の前に立ってるその人は笑いながらそう言って、床に落ちたブーケを取る。そしてわたしに差しだしてくれる。その細い指も身体も、綺麗な髪も、柔らかい声も、何ひとつ変わってない。

こうして二人きりの時間って何年ぶりだろうね。もう平気だと思っていたのに、もう笑えるって、そう思っていたのに。


「……月子」


ずるいよ、こんなタイミングで会いに来るなんて。

今のわたしと琥太郎さんは先生と生徒。それ以上でもそれ以下でもない。わかっているはずなのにどうにもならない現実に嘆いて、泣いて、やっとの想いでここにきた。

いつかもらった愛の言葉は、もう、遠い記憶になった。



「…綺麗だよ」

「っ」

「すごく、綺麗だ」


視線がぶつかると反らせなくなることはわかっていたのに、彼の目を見てしまった。

いつもなら、あの頃だったなら、馬子にも衣装だななんて笑って、そんな彼を見てわたしは頬を膨らませていた。それだけで幸せだった。

彼への気持ちは心の奥に仕舞って、もう何も思い出さないように鍵を掛けておいた。それなのに、こんなにもあっけなく崩れるなんて。


わたしの想いはもう二度と彼に告げてはいけないのに。



「何も言わなくていい」

「…っ」

「俺は、お前に幸せになってもらいたいんだ。誰よりも幸せになって、笑っていて欲しいんだ。」

「琥太郎さ、」

「だから、頼む。笑ってくれ」


ぽろぽろと嘘みたいに涙がこぼれる。

わたしの幸せが琥太郎さんの幸せというなら、何故一緒にいてくれないの。わたしの幸せは琥太郎さんの幸せで、お互いがお互いの幸せの願っているのに、どうして一緒に幸せになれないのかな。

力づくでも良い、誰を悲しませることになっても良い、彼が、彼だけがわたしを必要としてくれるのなら、どんな道でも歩いて行けるのに。

そう声に出したくても、出せなかった。



「……はい。」


ただ、笑う。

彼への想いにさよならを言う代わりに。