ふらりとどこかへ行って、わたしのもとに戻ってきてくれたと思えばすぐにまたどこかへ行って。もう帰って来ないんじゃないかと不安になってしまう。

動かずに待っていればいいのか追いかければいいのか。今のわたしにはまだわからないの。

彼は、猫みたいだ。




「郁っ!!」


待ち合わせ場所に来るはずだった彼が来なくて、そのまま連絡がつかなくなってから丸一日が経とうとしてた。

鳴らない携帯を片手に郁が行きそうな場所を探し回って、ようやく姿を見つけたのは郁とお姉さんと星月先生の思い出の場所、海だった。


「よかった、ここにいたんだね…」

「君、どうして」


わたしの顔を見るとすぐに視線を逸らした郁。会いたくなかったかな、だから来なかったかもしれないし、追いかけてきたことも鬱陶しいと思ってるかもしれない。

何があったのか、なんて聞いても答えてくれないだろうから聞かない。こういうことは初めてじゃなかったから不思議と冷静になれた。

郁が座ってた隣に腰を下ろして、少しだけ震えている郁の手を取り自分の手と重ねる。


「今日はずっとここにいたの?ふふ、寒かったでしょ、手がこんなに冷たくなってる」

「…」

「わたしはもともと手が温かいからこうしてぎゅってしてれば郁の手も温かくなるかな、なんて」


ゆっくり包み込むように手を握るけど、郁は握り返してくれない。ただ成すがままにされてるだけで。

さっきまで走り回って息が上がってたせいか喉が乾いて痛い。

どうしたらそんな顔をさせずに済むんだろう。わたしは彼女っていう特別な位置にいるのにどうすればいいのかわからない。



「…ごめんね」

「え?」


波音が静まった時に急に鼓膜に届いた声は、あまりにも細く、揺れていた。


「君が探してくれるのをわかってたから行かなかったんだ。僕のことを探してる姿を見て安心したかったから。」

「…うん」

「…僕は、今まで何度君を泣かせたのかな。今までだってたくさん傷つけたし、これからもきっと傷つけるかもしれない」

「郁、」

「それでも、君は、」


僕を好きでいてくれる?なんて言う郁の顔はあまりにも不安気で。

郁を安心させる術を知らないわたしは、黙ったまま強く手を握った。


郁がわたしを傷つけることで愛を信じられると言うならわたしは何をされたっていいんだよ。それで郁の傍にいられるなら。


騙し合って、愛し合って、咎め合って、想い合って。






「…郁、大好きだよ」


それはまるで一つの旋律を奏でているようで。綺麗で滑稽だ。