ゆらり、と彼女の身体が揺れる。


「月子さん…?」

「……」


いつもより少しだけ暖かい放課後。

音楽室ですこしだけピアノを触っていた僕を彼女が一緒に帰ろうと迎えに来てくれた。

待たせるのも忍びないと思って僕が席と立つと、彼女が顔を輝かせて"僕のピアノを聴きたい"と言ってくれた。久しぶりだったからか少し恥ずかしさもあったけれど、ゆっくりと彼女の好きな曲を紡いでいると、


「…寝てしまいましたか?」


すこしだけ聞こえる吐息。

一定のリズムで繰り返される呼吸は、彼女がそこに居る証でもある。そして僕がいるという証でもあって。

なんだか不思議な気持ちになった。


「もし、」


もし彼女と出会うことがなかったまま生きてたとしていたら、僕はきっと此処にはいなかった。もっと暗くて、誰にも届かないような闇の中にさ迷ってたんだろうな。

こんなに誰かを好きだと思うことが素敵なことだなんて知らないまま、きっとこの世界を嫌って壊してしまいたいと願っていた。


「……んん、はやとくん、」


窓から入って来た温かくて柔らかい風が、彼女の綺麗な髪を撫でていく。

自分のブレザーを脱いで、彼女の華奢な身体に掛けて、僕も隣に座った。



自分の弱さに気付かないフリをしてた僕。そんな僕を変えてくれたんだ。あの日、貴方に出会えて僕の世界はぐるりと色を変えた。





「…幸せ、ですね」



自分に嘘ばかり吐いてきた僕だけど、もう嘘は吐かない。

これから自分の進む道が彼女と同じならば、隣で歩けるのならば、僕はそれ以上何も望みはしない。

新しい音を紡いでいくんだ。