「じゃあ、気をつけてね」


空港に着いた頃には、羊君が乗るアメリカ行きの飛行機の搭乗時間が迫っていた。

忙しなく行き交う人の中で繋いでた手を離そうとしたら、それを阻止するように愛しい人の手に力が入る。



「そんな顔しないで?」

「?え」

「寂しいって顔してる」


赤くて綺麗な瞳と視線がぶつかる。優しくて温かい瞳に見つめられると、嘘なんてつきたくてもつけないんだ。

羊くんがアメリカに行くのは夢のためで。夢に近付くことってすごいことだし、その素敵な夢をわたしも応援できることはすごく嬉しい。



(―――…寂しい。)


心はいつだって隣にあるし、不安になることはないんだよ。

でもわたしもやっぱり女の子だから、好きな人に会えない時間は泣きそうなくらい寂しくなる。会いたくても会えない、そんな時間に慣れることは今のわたしにはまだ難しい。


「あれ、わたし…」

「泣かないで、ごめんね」


いつの間にか目から滴が零れていて、頬に伝う。

やだな、笑って送り出すって決めてるのに。彼が頑張ろうって思えるように、わたしは彼女として背中を押してあげたい。

涙を指が拭ってくれる羊くんの手に自分の手を重ねると、羊くんはすこし驚いた顔をしてからふわりと笑った。


「…やっぱり慣れないなぁ。僕もここに来ると寂しくて押し潰されそうになる」

「羊、くん」

「僕もだよ。君と一緒。」


そう言って、ひとつ、キス。

触れ合った唇からは好きとか寂しいとかいろんな気持ちが流れ込んで来るみたいだった。

離れたかと思うとすぐに触れて、何度も何度もキスを交わす。


…そうだよね、わたしだけが寂しいわけじゃない。羊くんも、同じだけ寂しいと思ってくれてるんだ。



「たまに寂しくなって羊くんを困らせちゃうかもしれない。」

「うん」

「ふとした瞬間に不安になって、もしかしたら我儘を言っちゃうかもしれない」

「うん。大歓迎だよ?」


アナウンスが響いて、わたしたちの間をすり抜けて行く。

今日からまた違う生活が始まる合図。



「……ありがとう、羊くん」

「どういたしまして。ふふ、」

「身体には気をつけてね。無理だけはしないで?羊くんは頑張りすぎちゃうところがあるから」

「うん。ありがとう」


じゃあ行くね、と言った羊くんは最後にぎゅっと抱き締めてくれた。

一瞬のことだったけど、触れた体温は本当に温かくて、心まで満たされる。




「いってらっしゃい」


旅立つ君を見送るのは何度目だろう。

これから先もっと増えるかもしれないし、その度にまた気持ちが揺れるかもしれない。涙が零れてしまうかもしれない。

でも、愛しい人となら耐えられる。


愛しい人にふさわしい彼女になれるように、夢に近付けるように、わたしもいろんなことを頑張るよ。この気持ちを大事にするからね。


寂しくなった時は足下ばかりを見ていないで、貴方と繋がってる空を見上げるよ。


そしてまた、歩き出すから。