インターホンをゆっくりと押すと、軽い電子音が響いた。

もう日付が変わるっていう時間に2週間も連絡を取れなかった恋人から久しぶりにきたメールは"暇ならおいでよ"。

その一言だけだった。


ガチャリ、と音を立ててドアが開く。

久しぶりに会った彼はまた背が高くなっていて、髪も少しだけ伸びていた。お風呂上がりだったのか、めずらしく眼鏡はしていなかった。



「こっこんばんわ」

「ふふ、鼻赤くなってるよ。早かったね」


そう言って細い指がわたしの鼻をきゅっとつまむ。

連絡が来て嬉しい気持ちが半分と、悔しい気持ちが半分。寂しかったのはわたしだけなんだろうかって考えるとすこし悲しくなって悔しくなったんだよ。

本当はすごくすごく、一秒でも早く会いたくて、めいいっぱいお洒落をして、息を切らすくらい急いで来たんだから。

…なんて。そんな正直な事を言えるはずもなく、思わず彼を睨む。

そんなわたしを見て郁は頭を撫でてくれた。そしていつものように意地悪な目をして息を吐くように小さく笑った。


「ほら、寒いでしょ。いつまでもそんなとこ立ってないで早く入りなよ」

「…うん。お邪魔します」


遠慮がちに玄関に入ると、ふわっと甘い匂いが鼻を擽った。

数えるほどしか来たことがないけど、男の人の部屋とは思えないほど綺麗に片づけられていて、だからかな、少し落ち着かない。

部屋の奥から猫の鳴き声が聞こえて、それに惹かれるようにして歩いて行こうとした瞬間。

後ろから思い切り腕を引かれて思わずバランスを崩した。

バタンとドアが閉まる音。背中にひんやりとした壁の感触。目の前にいる郁との距離が近過ぎて、いつもとは違う熱い視線から目を反らすことができなかった。


「いっ…んん…っふ…」


驚く時間も貰えずに、塞がれる唇。

反射的に抵抗をしてみるものの、わたしの腕は郁に捕らわれて、郁との距離がさらに近くなるだけだった。

何度も何度も激しく口付けられて、呼吸が苦しくなる。酸素を求めて唇を開くとその隙間からあっという間に舌を割り入れられて、絡め取られる。

その唇も舌も、溶けてしまうんじゃないかと思うくらいに熱くて。


「ふっ…んん…郁、苦し…っ」

「…ん、もっと唇開いて」


頭を抱え込まれて、もっともっと深く。

何度も何度も角度を変えて、何度も何度も。

呼吸すら忘れて何も考えられなくなって、止まる事なく降って来るキスに溺れてしまいそうだった。


「い、く…っ…」


久しぶりの郁の感触。温度。匂い。そのすべてに会えなかった時間の長さを改めて実感する。

彼が目の前にいるのに、何故か寂しさが胸に込み上げてくるなんて。



「…ねぇ」


小さく震える声が鼓膜に届く。ゆっくりと瞼を開いた先には、ひどく悲しそうな顔をした郁がいた。


「…郁?」

「君は、僕に逢えなくて寂しかった?」


唐突な質問に、思わず口を閉じてしまった。わたしの中にあるもやもやとした醜い感情を見透かされてしまったような気がして。

俯こうとしたわたしを阻止するように大きい掌がの頬に触れる。

反らせない視線に、思わず言葉が漏れてしまった。


「怖かったです、少し」

「…怖い?僕が?」

「わ、わたしばかりが郁を好きで、逢いたいとか思ってしまって、でもそれが重荷になってるんじゃないかと思うと、すごく、怖くて」


本当は大学で忙しいのはわかっていたから、わがままなんて言いたくなかったし、逢いたいなんて言えば重荷になりそうで怖かった。

そんな小さな不安が次は郁がわたしを必要としてないんじゃないかっていう思考に変わって、わたしの行動を制限してしまっていたんだ。


ちゃんと声を出せてるだろうか、ちゃんと、話せてるのかな。

気を緩めたら涙が溢れてしまいそうだ。




「…重荷だなんて、なに言ってるのそんなわけないでしょ」

「え…?」

「いや、違うな…ごめん、僕が悪い。寂しい思いさせたね。でも僕は君の我儘だって何だって嬉しいと思えるから、もっともっと君の気持ちを僕にぶつけてくれていいんだよ?」


予想外の返事が帰ってきて思わず拍子抜けしてしまった。

我儘を言われてもいいなんて、そんなことを言われたのは初めてで、まさか郁からそんな言葉が出てくるなんて思ってもみなかった。


「…ふふ、びっくりしてる。君は僕の彼女なんだからもっともっと思ってる事言っていいんだよ?」

「っ」

「…それに、」


ぎゅうっと苦しくなる位に抱きしめられて、甘い香りと温もりを感じた。すごく心の中に温かい感情が流れ込んでる気がした。

首筋に触れる郁のふわふわの髪の毛がくすぐったい。


「僕だってずっと逢いたくて、こうやって抱きしめたかったんだよ。」

「っ」

「だからさっきだって我慢できなかったんだ。ずっとずっとキスしたくて堪らなかったから。」


耳元で聞こえる郁の声、郁の鼓動。

これが彼の不器用な愛し方なんだと思った。

だから、わたしが伝えなくちゃ。この胸に溢れんばかりのこの気持ちは、口に出さないと伝わらないんだ。



「…っす、好き、です」


込み上げてくる熱い涙をぐっと堪える。

求めてるのか、それとも求められているのか。




もうそんなの、どっちでもいい。






















(世界の真ん中に君)

なんか無駄にダラダラと長くなってしまった…そしてこれがわたしの精一杯の甘々なんです…